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■■ 天理軽便鉄道・廃線跡を歩く ■■
2002年12月1日

 こんにちわ、む〜さんです。
 天理軽便鉄道という鉄道をご存知でしょうか?大正10年8月31日発行の『日本鐵道史(鉄道省)』に記載されている『開業軽便鉄道(大正7年度)』の表によりますと・・・・・

天理軽便鉄道株式会社
本社所在地:奈良県山辺郡丹波市町
区間:新法隆寺〜天理
距離:5マイル48チェーン
軌間:2フィート6インチ
動力:蒸気
免許または指定年月日:明治45年1月4日
開業年月日:大正4年2月7日

・・・・と、あります。

 私の学生時代といいますと昭和30年代前半なんですが、 当時からケイベンが好きでした。
『KEIBEN TETSUDO MEMO 1』ってノートが残っています。
そこに、このような短い文と、落書きみたいなスケッチが残っております。 ゼログラフィ方式の複写機なんて無かった時代だったんで、当時の私には、手書きで書き写すしかありませんでした。
 
昭和4年10月28日発行・改造社刊・『日本地理大系No.7・近畿編』から・・
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レールカー
是は奈良盆地交通機関の変わりもの。レール上を自動車が走るのである。写真は新法隆寺駅に停車しているレールカーで此駅と平端との間を毎日25往復している。
大阪電気軌道が元の天理軽便鉄道を買収してから昨年7月創めたものである。此線の乗客は一日平均650人しかいない。(帷子二郎)
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そのノートの私のコメント・・・・・
[床下は写真が悪く判然としないので省いたが、このボディでは多分2軸であると思われる。ナンバアは1の単行の写真である。]

この形の単端式のガソリンカーは、私は魅せられたものです。のちに井笠鉄道で付随車化した車体腰板部のカーブしたクルマに会って、嬉しかった記憶もあります。

 2002年11月13日〜12月23日のあいだ、奈良県生駒郡安堵町の『安堵町歴史民俗資料館』で『天理軽便鉄道展(安堵町を走ったかつての路線)』という展示会が開かれ、mo-yanさんが行ってこられました。
 展示物、当日配布された資料に拠れば・・・・・・天理軽便鉄道は・・・・・・

●大正 4年: 国鉄法隆寺駅前の新法隆寺〜額田部〜平端〜国鉄丹波市駅前の天理駅間9.01kmが蒸気機関車牽引で開通。
●・・・・・のちに、3駅を追加して・・・・・・新法隆寺〜安堵〜額田部〜平端〜二階堂〜前栽〜天理となる。
●大正10年: 大阪電気軌道に合併
●大正11年: 平端〜天理間は改軌、電化。新法隆寺〜平端間4.1kmとなる。
●昭和 3年: ガソリン車化
●昭和20年: 戦時体制でレール撤去(2月11日)
●昭和27年: そのまま廃止となった(4月1日)

 その 『天理軽便鉄道展(安堵町を走ったかつての路線)』と、展示会のイベント『天理軽便鉄道旧線路跡を歩く会』のmo-yanさんによるレポートをご覧ください。

以上、『む〜さん』でした。


  2002年11月30日・土曜日の新聞で、奈良・安堵町の歴史民俗資料館で、天理軽便鉄道の資料を展示しているという記事が目に入り、急遽訪ねてみました。
 ひっそりとしていましたが、なかなか興味深い資料がいろいろ展示されておりました。


(展覧会のリーフレット)

 
同展の展示物(安堵町歴史民俗資料館ご提供)
(左)車両/(右)昭和16年頃の安堵駅 (辻本奨之氏ご提供)

 
同展の展示物
大阪のグループ『模型大学』製作による模型とジオラマ

 その行事の一環で、翌12月1日・日曜日に廃線跡(近鉄・平端駅〜JR法隆寺駅の部分)を歩く催しがあることを知り、これも急遽申し込みをし、実際に歩いて来ました。


国土地理院2万5千分の1地形図『信貴山 及び 大和郡山』に拠ります

 近鉄橿原線・平端駅に集合し、廃線跡を新法隆寺まで歩きました。

 
(左)平端駅跡付近(現平端駅南端)/(右)左手が額田部駅跡(道路が廃線跡)


安堵駅跡(赤い幕の張ってある家は、軽便が走っていた当時から残っている木造家屋)


安堵駅の平端寄りの道角に残されていた道標(上部しか見えませんが、左「すてんしょ」右「ほりうじ」)

 
(安堵ー新法隆寺間)木戸池を横断する廃線跡/木戸池内の廃線跡の橋台
(池の北側を走るのは関西本線の221系「大和路快速」)

 
(左)木戸池西方の廃線跡/(右)新法隆寺駅手前の水路に残る橋台


新法隆寺駅(現法隆寺駅前)のホーム構造物(フェンスが立っていたと思われる金具が残っている)

 というような経過で、1軽便鉄道の過去を蘇らせてくれた1日でした。


ここで興味の湧いたのが、資料にある関西鉄道大仏線です
明治時代に開通し、わずか10年足らずで廃線になった薄幸の路線
まったく知識がないのですが、足跡をたどって見ようかと思っております


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