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伊豆箱根鉄道 軌道線 年表 ◆◆![]()
29年 5月 3日:駿豆電気株式会社 創立
36年11月12日:三島市六反田(現三島広小路)〜沼津市三枚橋(現平町)間、免許
38年11月 1日:三島市六反田より沼津駅前間のうち、5.9kmの敷設工事開始
工費約15万円
39年 4月 :車庫建設工事完了
39年 5月 :電車専用の黄瀬川架橋工事完了
39年 6月〜 :道路拡張工事着手
39年 6月25日:沼津三枚橋〜上土291番地間、免許
39年 6月30日:沼津三枚橋平町〜志多町〜城内字城内〜城内字城内291番地(現
沼津駅前)間、免許
39年 7月〜 :軌道敷設工事に着手
39年 9月〜 :架線工事に着手
39年11月 1日:社名を駿豆電気鉄道株式会社と改称
39年11月10日:鉄道敷設工事 竣工
軌間1,067mm 架線電圧600ボルト
4輪電動車6両 付随車1両 付随4輪貨車4両
待避線4箇所
39年11月28日:営業開始 開通祝賀式行う(日本で18番目、静岡県下では初)
41年 7月 :三島市六反田〜久保町〜三島町(現三島田町)間、開業
*伊豆鉄道(三島駅〔現下土狩駅〕〜大仁駅)との平面クロスが認可
されていなかったため、乗客を踏み切りをはさんで徒歩連絡をした
41年10月 1日:伊豆鉄道より平面クロスの承諾受ける
41年末 :沼津駅前〜三島町間が全通
45年 4月 1日:駿豆電気鉄道は伊豆鉄道を合併、現在の伊豆箱根鉄道の基礎ができる
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3年 :三島広小路〜三島町間の市内線 運転休止
4年 1月18日:三島広小路〜三島町間の市内線 廃線
*沼津から三島広小路を経由し、駿豆線に乗り入れ三島町まで直通運転
され、沼津と三島を結ぶ足として、昭和24年3月31日まで重要な
役割を果たした
5年10月 :駿豆電気鉄道は富士水力電気株式会社と合併 富士水力電気株式会社
鉄道部となる
5年11月 :同社から鉄道部が分離独立 駿豆鉄道株式会社 設立
6年11月 5日:会社設立登記がなされ、現伊豆箱根鉄道の基礎となった駿豆鉄道が正
式に誕生した 資本金100万円
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13年 4月 :箱根遊船株式会社と合併 社名を駿豆鉄道箱根遊船株式会社と改称
15年11月 :社名を駿豆鉄道株式会社と改称
16年 8月23日:大雄山鉄道株式会社(小田原〜大雄山)を合併
*駿豆線、沼津〜三島広小路間の軌道線(チンチン電車)、大雄山線
の3線を有する
20年 7月17日:沼津市石田坂で激しい空襲にあい、モハ1型No.2が戦災車となる
*戦争で男子社員が減少、大半の従業員が女性となり、軌道線のハンド
ルも女性が握ることが多かった
32年 6月 1日:社名を伊豆箱根鉄道株式会社と改称
36年 6月28日:大雨により黄瀬川橋流失 バスによる代行運転開始(沼津駅前〜国立
病院前)
*その後も国立病院前〜三島広小路は電車運転を続けたが、競走路線の
バスの跳梁、モータリゼーションの発達、国道1号線三島バイパスと
の交差問題など、その他諸問題もあり、昭和37年廃線を決定
38年 2月 4日:沼津〜三島広小路間軌道線 廃止
*57年間にわたる歴史に幕を閉じる バスによる代行運転開始(1日
80往復を運転)
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