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■■ 二日目は阪神・大阪市電地下鉄・阪急電車 ■■
1954年8月12日

二日目は如何しましょうか?
まあ、京阪神に来たんですから、先ずは阪神・阪急に乗りましょうと出掛けました


◆朝起きて、当然朝飯。そして、昨日、汗まみれになったシャツなんかを洗濯します。洗濯機なんて無かった時代なんで、洗濯桶で石鹸つけて洗うんですよ。こんなことやった事無かったんで、手際もくそも有ったもんじゃないけど、洗濯しなければ、次の日からの着るものに困るわけだから、やらないわけには行きません。

さてと、お出かけです。兄がガイドしてくれるわけではないので一人で出かけます。先ずは、北へ一寸歩いた阪神国道。阪神電鉄の国道線に会いに行きました。今と違って、国道の交通量は少なく、所々にある『めし』『コーヒ』(東京ではコーヒー)の看板が大阪を感じさせます。

 

広い道路の真中を、金魚鉢と言われた91型がやってきました。マルーンの濃淡の塗分け、吃驚するくらい大きな窓、ボウ(Yゲル)という関東では見かけない形の集電装置、折畳式の乗降用のステップ、わ〜、格好いいなあ。
西へ歩けば、阪急の今津線、その線路に沿って、阪神との連絡駅、今津駅に向かいます。

  (今津行き312です)

◆今、改めてみてみると架線がコンパウンドなんですね。今津線はまるで路面電車みたいに直角に近い角度で曲がって今津駅に入ります。ともかく、大阪へ行こうと阪神電車に乗ります。阪急との連絡駅なのに急行が停まらないのです。何故なんだろうと首をかしげながら普通電車に乗ります。

電車は中央に運転席があって、写真の下の半月状の黒いのは運転士の帽子です。向こうから元町行きの急行がやってきました。写真を見ると801型みたいです。貫通ドアの真中に運転士、マスコンとブレーキはドアの両脇ですので、両腕を広げた運転士の姿にバンドマン電車と言う人も居たようです。
二つ目の甲子園駅で梅田行きの急行に乗り換えて、勿論一番前。冷房なんて無いですから、前面の窓開放、風はたっぷり入って快適に飛ばします。東京育ちの私には停車駅の駅名も読み取れない快速ぶり、しかも、カーブだらけなのに。

地下に入って、梅田駅に到着です。これが乗った電車ですね。881型の901です。喫茶店とか言われた真中の二つ折りの貫通ドアが格好いいですね〜。
地上に出てみましたら、市電が走っています。1000型って云うのか(もっと半端な数字だった気が)、屋根に段のついたのが来ました。白いボウルを伏せたようなベンチレータが珍しい。

 (1050です)  3枚ですけど・・・・

左のビルが阪急、右のは曽根崎警察ですね。
◆ここから、天満駅まで歩いて国鉄城東線(いまの環状線)で、天王寺へ行きました。城東線の車窓風景の記憶はなんとなく荒涼とした風景だったような。天王寺駅では、阪和線のホームに行って見ました。電気機関車が引いた客車の列車がいてEF52が引いていた様に覚えてるんですが、写真が無いのでよく判らない。
もと、阪和電鉄のモヨ100が居ました。

残念ながら、カメラブレで・・・・(と、言い訳ばっかり)
そして、地下鉄で梅田へ戻ります。車内は空いていました。東京の地下鉄(銀座線しか無かった)と比べて、同じ釣り掛け駆動なのに、とても静かで驚きました。

左の学生風は下駄はいてるし、着物のおばさんも居て時代を感じますね。途中、心斎橋で降りまして少々撮影。心斎橋駅の、あの天井の高いホームにビックリ、蛍光灯煌々と輝き、あ〜大阪なんだな〜と何故か思った少年むーさんであった。

  これまた二枚です

602の前面の、折畳式の保護柵が珍しかったです。
◆地下鉄で梅田に戻ってきましたが、昼飯に何を食べたか全く覚えてない。まあ、当たり前だけれどね。大阪へ来たら、やっぱり阪急電車。梅田の阪急百貨店ビルは堂々として圧倒的な存在感です。
夕方には西宮の兄のところに戻らねばなりませんので、切符は西宮北口まで買いました。ホームに入ると、スゴイ!何本も並んだホームに栗色の電車、上方言葉のイントネーションの案内放送が響いております。後日、キングレコードから出た、阪急の梅田駅の構内音で、その感じが読み取れます。
京都行き急行の100の相棒、1500型の1512が居ます。向こう側のビルは北野のアミューズメント街です。この左側には直ぐに国鉄の高架線があって、それをくぐるようになっています。

◆三ノ宮行きの特急は何型だったのでしょう。あの、堂々とした阪急タイプの電車の一番前に陣取りました。発車。当時は複々線で、中津駅で阪神の野田から天六へゆくトラムラインと交叉します。
淀川の鉄橋を渡り、十三駅を出れば、ぐわーっとスピードが上がります。何キロぐらい出ていたのでしょうか。すごい早さです。当時の事ですから冷房なんかありま
せん。開いた窓から、架線柱ごとに『シャッシャッ・・・』と言う音が入ってきます。その音と、レールのジョイント音、警笛、ひたすらコーフンする私でした。
塚口を出て武庫之荘あたり、田圃が広がり、もう、ローカルの風景でした。やがて車庫のある西宮北口に到着しました。

 (神戸方面行きの普通電車964です)

西宮北口といえば平面交叉。今津線とのクロッシングです。大袈裟な架線交叉構造です。
今津線は、小型電車のMc−T−Mcの編成でした。3扉の310、2扉の324とかがやって来ます。

当時の阪急の例に漏れず戸袋窓は擦り硝子でいい感じ。トレーラーにはダブルルーフのもあって、いかにも阪急のローカルラインって感じでなんびり走っておりました。
交叉する神戸線は大型車の高速運転で実に対照的です。駅から出て神戸線の線路に沿って神戸方面に少々歩き、何枚かの写真を撮りました。

  西宮北口駅と駅近辺での写真です

堂々の4両編成の特急、先頭は971、貫禄充分で、関西初心者の私を圧倒しました。
さて、暫く神戸線の電車を鑑賞した後、今津線の線路に沿って2駅分歩いて兄の住まいまで行く事にしました。

 

なんたって田圃です。緑の稲の波の向こうを今津行きの電車が行きます遠景の工場はアサヒビールです。この今津線の線路が右の方が高くなってますが、東海道本線をオーバークロスするわけです。

先頭車は313の宝塚行きです。この右すぐのところで国鉄と交叉します。
国鉄線の踏切がありましたので、何枚かの電車・汽車を撮影です。

 

 急電にD51、三枚の写真です

いいですね〜、モハ80系5連の急電。湘南色とはまた別の良さがありました。壮大な鉄橋は阪急今津線。
そして上りの貨物列車が逆光の西ノ宮駅を発車してきました。
◆今津線の阪神国道駅を発車する宝塚行き329です。この電車、小型で阪急タイプをきちんと踏んで実に良くまとまった車ではありませんか?

◆これで、2日目8月12日のお話は終わりです。次は宝塚から大阪、京都まで行ってしまう8月13日の旅ですが・・・。


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