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■■ 第五日は南海上町線と大阪市電 ■■
1954年8月15〜20日あたりの一日

8月11日から西宮市津門の兄の部屋に居候して関西電車の旅の真っ最中

益々撮影枚数が少なくなってきた
やっぱり当時の高校生には、フィルムは高価な買い物だったのかもしれません
昭和34年の暮れにオリンパスペン第1号モデル(F3.5つき)が出て
早速卒業記念(翌年3月卒業)に買ってもらったんですが(定価カメラ本体6,300円)
その選定理由がフィルム一齣の単価が安いでしたから・・・・
しかも、その6年前ですからね
ますます日付が怪しくなって来た
まあ、1954年8月15〜17日辺りかな?8月中旬といえば正確かなあ?


◆よいお天気の日です。どういう道順かもわからないのです。多分、阪神電車で梅田へ出て、さらに地下鉄で難波に行ったのでしょう。難波の駅のシーンも無いので困ったものです。
◆難波駅から南海の急行電車で住吉公園まで乗りました。今宮、天下茶屋あたり高架複々線にぶったまげで、特急『こうや』にすれ違い、1900をちらっと見まして得したような、撮影出来なくて悔しかったような記憶があります。
多分、天下茶屋過ぎてからだと思いますが、『南海型電気機関車』の引く、ささやかな貨物列車とすれ違いました。

 (カメラ斜めで左上欠落!)

◆住吉公園駅で下車、ホームからやってきた列車を撮影しましたが、たったの2枚しか撮ってないんですね。

   (二枚ですが・・・)

左はいわゆる63型で、南海では1500型の1512です。右は形式不明です。電動車は3扉下降窓ですが、何型でしょう。
◆さて、外へ出て住吉大社の前に出、少し歩くと住吉の電停で恵美須町〜浜寺駅前間の南海阪堺線と天王寺駅前〜住吉公園間の上町線のクロスとなっています。
阪堺線の写真は無いのですよ。
ど〜した、むーさん!あんなにいい電車が居たのに。でも、上町線は更にその上を行く、スゴイ電車だったんですね。3枚の写真が撮ってありました。

  

 このユニークな路面電車の拡大画像です。

堂々たる米国風の3扉ダブルーフ木造車。濃緑色の車体には赤茶色の鉛丹ペイントの屋根(オマケにベンチレータが古典的なトーピード型)、その前後にはYゲルがレトリーバ付きで設置され、屋根のヘッドライトとオデコ両側の尾灯もアクセント、しかも本格的救助網もついてるというスゴイ電車が走っているんです。
ここから、上町線に乗り、専用軌道、併用軌道取り混ぜて天王寺駅前まで行きました。
◆さて、ここからは、多分、地下鉄(市電だったかなあ?)で梅田に参りました。
そして市電の撮影です。

多分、当時の最新モデル2103、そして・・

  

左から、2036、そして1721です。
◆お次は(下の2枚)1041でして、これが非常にユニークでして屋根の白だったか銀色だったかの左右四つずつのベンチレータと、屋根の端が段状になっているのが珍しかったです。オマケに木造車です。右の写真に矢印で示しました。

 

見ていてかなりのインパクトありました。
◆そして、この日はこれで終わりになりました。多分、又もや阪神電車の急行での帰宅だったのでしょう。


ここで、フィルムが終わっているんです/済みません
実は、これ以後はセミ判のカメラ、ミノルタセミPで撮っています
阪神の尼崎車庫とか、京阪の守口、近鉄の布施、そして、近鉄特急の2250、2301などもあるのですが
惜しいことにスキャナが無いのです
近日中に透過光アダプタ付での導入予定がありますので、その日まで、中断・休憩と致します
お許しください


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