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■■ 高校修学旅行東海道第一巻 ■■
1955年3月29日

千代田区にある都立の某高校に通って居りました
大田区在住の私は色々なコースを月替りで通学して、色々な電車・汽車の旅を毎日?しておりました
さて、昭和30年(1955年)の3月29日から修学旅行でした
当時は高校でもせいぜい京都奈良だったんですね
国内の移動だって大変だった時代ですから仕方ないですけど
そういうわけで、初日は東京から京都まで行っただけでオシマイなのです
今の若い衆には信じられないでしょうけどね

何しろフィルムとアルバムの写真脇の簡単な書き込み以外、なんにも残ってないし
記憶も全然といっていいくらい無いのでかなりいい加減かもしれませんが
書いてみますので暫くお付き合いください


◆そんなわけで、1955年の3月29日、東京駅からの出発でした。『ひので』や『きぼう』なんて修学旅行電車なんて無いんですから、電気機関車牽引の客車列車です。それども、貸切で急行並みの停車駅でした。機関車は根拠は無いけど多分EF58。客車は写真を見るとスハ32です。同級生たちは結構はしゃいでましたけど、私や数人の鉄道好きの仲間達は、景色鑑賞や沿線の私鉄、接続する国鉄の支線のウオッチングに夢中でした。列車は順調に走り、早川・根府川と走ってゆきます。


(真鶴道路の無かった時代です。向こうが真鶴半島ですね)

◆丹那トンネルを抜けて三島です。駿豆鉄道に連絡しております。当時の駿豆はこんな国電のお古とか使ってたんですね。左の木造車はいいですね。

 

◆大井川を渡り金谷のトンネルを抜け列車は堀の内へと近づいております。


(通信線の電柱がいい味です)

◆やがて袋井駅を通過。静岡鉄道駿遠線です。

中央の客車はハ11でダブルルーフが良い。

広がる田圃の向こうに、袋井駅に近づくディーゼル機関車牽引の列車が小さく見えました。原版を拡大しますとホハニフ1か2+ホハ1か2みたいです。後で、きっと乗りに来ようと思いました。(実現は4年後になりましたが)
◆浜松を過ぎ、豊橋は名鉄と飯田線、今日は飯田線だけでしたが。

  

豊橋の飯田線の車庫です。クハニ67とかモハ14(名車モハ32)とか居るんですが、気になるのでフフィルムを部分伸ばししてみましたら、なんと!

奥の方に多分B6(2120)の廃車が居たりします。

車庫に居るクハニ67の隣はダブルルーフ17メートルのモハ30系のクハ(形式忘れた)が居るではありませんか。そしてその隣は台車こそTR−10ですが、まぎれもない流線型気動車の仲間、キサハ43500です。45年経った今になって判りました。
◆さて、飯田線です。モハ14+クハ47+モハ14+クハニ67の4連『辰野行き』です。流石、長距離。クハニ67にはトイレがついてます。(デビュー当時は便所無しのはず)だんだん、近づいて、飯田線がカーブにかかり東海道本線から離れてゆく頃、並びました。

 

 

◆やがて列車は蒲郡に向かいます。そして、次頁からは、名鉄圏内に入ります。


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