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1956年7月
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 東京〜急行で岡山〜宇野線 ■■

では、お話を始めましょう
スタートは東京駅から・・・・・・・・・


ここは、多分東京駅の15番線
急行列車を引くのはEF57のようです
急行の愛称は全く覚えてないけれど、夏の夕方の空が明るいところを見ると
19時ごろかなあ
当時のことだから、エアコンなんて無いのが当たり前
座席も指定じゃないから、何時間も前から駅まで行って並ぶんだ
まあ、急行列車だからスハ43か何かだったと思う

暑いし、普通の座席なんで、ろくすっぽ寝られぬうちに夜が明けて、暫く走って
姫路駅も近い
非常に古典的外観の変電所(らしい・・)が有った

で、午前の何時だか判らないんだけれど姫路駅に着いた
客車はスハ43ですね
プラットフォームの情景です
いまの清潔な駅とは違って、雑然として小汚いんだけれど
なんとなく、『旅』を感じませんか?

上の写真を部分伸ばししてみました
左はアイスクリーム屋さん、右のおねえさんは食堂車の関係かしら?
 

同じく上の写真の時刻表部分のアップです
もともと時刻表を撮ろうとしたわけじゃないんで、めっちゃ読みにくいけど
時代を感じますね

(左)貨物の入換えが入ってきた/牽引はD52422
(中)その写真をよくよく見ますと、ホームに給水装置がある
(右)こっちのホームにはD52342が入ってくる
  

まあ、いろいろあって、いよいよ出発

岡山で急行列車から降りまして、宇野線に乗り換えました
四国への連絡線区ですから、長い編成の列車です
カーブを描いて築堤を上り、山陽本線をオーバークロスします
架線の無い空間は何と広々しているんでしょう

大元駅では保線用のレールカーが交換を待って居りました

広々した田んぼの中を、のんびりと列車は行きます

何処の駅でしょう?茶屋町じゃあないと思いますが
水運車です
このあたり水が悪いんだろうか
ベンチの脚が良いですね

茶屋町駅では下津井電鉄と連絡します
丁度、電車が居りました
これは、クハです
形式は、なんだっけ???

同じ茶屋町の構内で下津井の保線工事関係でしょうか
貨車になにか積み込んでおりました

貨車を部分伸ばししてみました
連結器がスゴいですね、バッファの付いた古典スタイル
電車は自連でしたが・・・・

(左)干拓地の田んぼですね/昔は線路のしたが波打ち際だった記憶も
この頃には海の見えるところは無くなってました
(中)(右)迫川駅かなあ?八浜駅かもしれない(機関車はD50)
  

って、わけで、トンネルを抜けて坂を下れば宇野駅なんです
ここから連絡船で高松に渡ることになります

続きは、次ページをご覧下さい


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