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1956年7月
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 国鉄宇高連絡船〜琴電〜土讃線〜土佐電鉄 ■■

さて、宇野から連絡船で四国は高松に渡り
高知を目指します
そして、母の親戚・友人宅めぐりと観光


宇野からは国鉄の宇高連絡船です
ここは、宇野の駅
乗った船の名前はわかりません
紫雲丸とか、眉山丸、瀬戸丸(記憶怪しい)とか有りましたが
貨車航送のため船と陸地を結ぶ可動橋です
滑車とロープが物々しいです
 

で、高松といえば栗林公園と屋島って事になった
栗林公園は敬遠して
屋島に行こう、ケーブルカーで登り景色を楽しもうという事になり
築港駅から高松琴平電鉄で屋島駅に向かいます
小さな電車は単線の線路を走ってゆきます
駅名は記録が無いんですが、交換

屋島駅で降りてケーブルの駅まで歩きます
山に縦線が見えますがケーブルの線路です

で、結局、運転間隔が長くって乗らなかった
残念!!

帰り道、何処の駅か判りませんが車庫がありました
スゴイ電車がぞろぞろ居りました
なんだか、路面電車みたいな車体、二軸の台車
ど〜云う素性の電車なのでしょう?

フィルムには、このあと汽車の窓から写した山とか雲が写っており
さらに
親戚の人たちが何枚も写っております
高知に着いて親戚巡りをしたのでしょう


そして、・・・・・・土電/とでん/土佐電鉄です
場所は播磨屋橋から西に一つ乗った停留所『堀詰』付近
やったら自転車が写ってますね

この後には
桂浜に行ったり、母の生まれたところに行ったりして写したショットが多数ありまして
・・・・・・・・・


高知の名所の一つ、鍾乳洞の『龍河洞』に行きました
高知から汽車で土佐山田駅まで行きまして・・・・

土佐山田駅でのショットです
牽機はC58104
この頃は土讃線といえば重油併燃で防煙装置つきC58でした
 

ここから国鉄バスで龍河洞探勝
素晴らしい洞内の景観を堪能しました

往復の国鉄バスのサイドにはツバメのマークが

土佐山田駅に戻り、下りの各駅停車で母の友人の住む伊野駅まで行きます
C58239が引いておりました

土佐山田を出て後免の駅に入ってゆきます
当時、後免駅では、土佐電鉄の安芸へ行く線に連絡しており
古い電車が頑張っておりました
高知市内からも、路面の電車が後免町から乗り入れていて
なかなか活気が有ったのです
 
私達の列車と同時に電車が後免駅に入ってきました
M×3+Tの4両編成、先頭のクハはどう見ても元・気動車

朝倉駅を出た列車はやがて土佐電鉄の線路をオーバークロスします
見えている停留所は『咥内』
単車の100型、伊野行きの電車が交換待ちをしていました
向こうの未舗装の道は国道33号

この後、伊野町の母のお友達を訪ねて歓談の後、高知に戻っております


此処までで高知の写真は終わっております
この後は、イキナリ、関西の電車写真が入っていますが
それは、次ページに・・・・・

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