■■■鹿島参宮鉄道・龍ヶ崎線1958年12月14日訪問■■■

(1999・11・15更新)

  当時でも、鹿島参宮鉄道(今の関東鉄道ですね)の龍ヶ崎線と云えば古典車両の居る所との評判でした。昭和33年、大学3年生で鉄道研究会に属していた私は、この日は一人で上野から汽車に乗ってのです。勿論、蒸気機関車牽引の客車列車。佐貫の駅は改札を出ると、まん前が鹿島参宮の駅舎になっていました。

いきなり超ローカルカラーの駅なんでビックリしちまいまして、そのせいか一枚も写していません。やってきたのはキハ40402という可愛い気動車で「みずほ」なんて名前が付けてあります。田圃や畑家の中をのんびり走って、途中「入地」(いれじ)なんて駅が一つあって直ぐに龍ヶ崎駅でした。写真で御覧頂きたいのですが、もうそこは明治時代!!!---は一寸大袈裟ですが、そんな昔風のイメージの一郭でした。何枚も写真を撮って、また同じキハ40402で佐貫まで戻り、取手で常総筑波鉄道を一寸撮影して、家に戻りました。この時の常総筑波の写真はその内にお目に掛けられると思いますが。


スゴイでしょ!Cタンクの4号機のひく混合列車
龍ヶ崎駅から佐貫よりに一寸歩いた所です

 龍ヶ崎ステーションです。まさにローカルです。線路は行き止まりになっています。真ん中の建物が駅本屋です。転車台も手動で可愛らしいのがありました。左側が貨物ホーム、右が旅客用のホームです。かなり長い列車が入れる様になっていました。

 上野写真の右側に、こんな光景が展開していました。簡易型のクレーン、倉庫というよりも蔵と言った方が似合いそうな建物。ほんとに云い雰囲気でした。地面は勿論、舗装なんかしてませんから。(もっとも当時は国道だって舗装して無いのがぞろぞろありました)

 キハ40402:みずほ号です。前面の左から2番目の窓幅が異常に狭いのが面白いですね。前照灯もスゴイ。色が思い出せないんです。チョコレート系だったか、ブルー系だったか・・・・。

 こちらは2軸オープンデッキの客車。左がハフ2、右がハフ3です。残念ながら、このとき既にサイドが鋼鈑で張ってありました。でも、こんなのを蒸気機関車が日常的に引っ張っていたんですから、昭和30年代ってのは、鉄道ファンにとって素敵な時代だったと、今でも思います。

  客車です。ハフ12と言います。誰が見ても判る元:ガソリンカーしかも片ボギーです。妻部の窓が埋めてあるのは何か理由が有るのでしょうか?

  これはスゴイッ!ホンモノの明治です。サイドにドアずらりのタイプじゃないけれど良いですね。特に屋根とか、サイドの板の張り方とか。
車号はハ5でした。もうこの時点で現役では無くなっていた・・・と、当時の雑誌で読んだ記憶が有るのですが。

 この写真を撮ったカメラは、確かオリンパス35−W型でした。40oのF3.5のレンズが使いやすく、今でも欲しいなと思うときがあります。結構気取って芸術っぽい鉄道写真を撮ったつもりの作品は、今見るとあまり感心しませんね。やっぱり、年代を経て見たとき、車両のポートレートが一番だなあと思います。

 事務所わきで休んでいる4号蒸気機関車。のどかなものです。

 入れ替えを行う為に4号機が出てきました。

 この写真は確か佐貫駅だと思うのですが、確証がありません。

それにしても、この客車は貫通路ってものが無いのです。記録・メモと言ったものがまるっきり無いので何型かもわかりません。

 佐貫駅の国鉄のエリアで入れ替えをする4号蒸機。