■■ 東武鉄道貨物列車&電車 ■■
(1959年4月の訪問)


(業平橋のbU3)

1959年、昭和34年の4月と言えば私が大学の3年から4年になるところだったのですが、大学の鉄道研究会の仲間と、東武の蒸気機関車を撮りに行こうと云う事になりました。

 東武の貨物なら先ずは業平橋を忘れるわけには行きません。昔は東武の東京ターミナルだったわけですから、本社ビルから、地上の貨物ヤードに残る以前使用していたプラットフォームに至るあたりは、なかなかの風格です。
 ひとしきり蒸気機関車と貨車を写してから、西新井の工場へ行こうということになって、北千住で、停車中の蒸気機関車を見つけて、ちょっと寄り道してから、西新井へ行ったのです。
 工場は、今と違って割と簡単に許可がとれ、入れました。電車で、いわゆる東武タイプの電車があったり、昔の気動車があったりで、十分楽しめました。

 古い電車と蒸気機関車の貨物列車、良い時代に立ち会えた幸せを、今、感じています。

業平橋のbU3

 

  bU3が貨車の入れ替えをしておりました。連結器、エア関係とか、煙突とか、オリジナルのスタイルとは大幅に変わってはいますが、素晴らしいかっこうです。40年前には、こんなのが東京に居たんですね。

  bU3のサイドビューです。傾斜したランニングボード、スプラッシャー、外台枠の前輪、バルブギアが見えない駆動メカ。いいなあ!!

  銘板です。スプラッシャーの真ん中についてました。(上の写真)

  入れ替え中のbU3です。

北千住駅bU1の引く貨物列車

 

  無蓋車を連ねたコンクリートプラントのある業平橋行き(多分)の列車です。積荷は(これも多分)砂利でしょう。ホッパ車なんて少なかった時代でした。
 ここが、北千住駅なんて信じられます?

  bU1の正面。

  同じくbU1の別の角度からのショット。

 貨車を並べて見ましょうね。当時でも少なくなった東武の旧型の貨車です。無蓋車は妻板の上面が平らです。有蓋車は木造で、板を縦に並べたタイプも有りました。小型のテンダー機に良く似合っておりました。

  

 

 

西新井です。

 

 モニ1170です。多分、電動客車からの改造かなと思うけれど、履歴は解りません。台枠むき出しだけど、台車が良いね。ブリルMCBタイプの・・・。

 モハ3223です。これぞ典型的東武タイプと言えるでしょう。この頃は未だパンタグラフもでかいのが載ってて、ドア部を除いて台枠が丸見えで、下降窓で、ごつくて、たまんなく好きでした。ただ、列車を組むと同系列の車両で統一されていなくて、惜しかったのです。

 モハ1403。お椀型ベンチレータ、ドアの両側で切れてるウインドウヘッダとウインドウシル、柔かなRで非貫通の前面、ドア部にはステップがあります。いいなあ。

 キサ23。片ボギーで、既に事務所になっていました。車体中央床下の箱には蓄電池と書いてあります。
 以前、坂戸駅構内で留置されていたような記憶がありました。

 これだけは大師前駅です。この日は、西新井〜大師前間の折り返しに長距離型の車両が入ってました。方向板が無くてチョークで車体にじかに書かれてました。
 クハ351。クロスシート車。こんなので日光まで行きたいものですね。
色が全く思い出せないのですが。

 貨物列車がやって来ました。牽引はbS5。この頃、毎日、こんな風景が普通に展開してたのです。
 蒸気機関車も減ったとはいえ方々で簡単に見られたし、『SL』を追いかける人達もほとんど見かけず、工場の入場許可も簡単に取れた時代でした。
 常識はずれの行動をとる『マニア』も少なかったんでしょう。

 目前を通り過ぎて行く。向うは西新井の工場です。

 この東武特集もこれでオシマイです。最後尾はワブ353で締めましょう。
 東武の尾灯は国鉄のよりも赤丸の直径が大きくて、私は好きでした。
 貨物列車は上り方面に向けて走り去って行きました。サヨナラ!