■■ 東京の天然色・電車風景1958年 ■■
1958年(昭和33年)11月
愛機ミノルタセミPで写したフィルムを整理してましたら
以前、上手くスキャンできず投げ出していたフィルムが出てきました
今と違って当時のネガカラーフィルムはベースが無色透明
現在のスキャナ(私の持っている)はオレンジベースのネガカラーにしか対応してない様です
友人から、光源とフィルムとの間にオレンジ色のフィルタを噛ませたら良いかもしれないと
アドバイスを貰い、取り敢えず画材屋さんに行きました
オレンジ色のポリエチレンの「折り紙」を売ってたので、買ってきました
色が薄いので、1枚、2枚、4枚と実験しまして
4枚くらいがよさそうだと言う結論
7駒あった鉄道関係のフィルムをご覧下さい
時は昭和33年の11月、私が大学の3年生の頃です。あまりなじみの無かったネガカラーフィルムを一大決心で購入したのです。フィルムは小西六のコニカラーネガです。
値段も、買ったシチュエーションもみんな忘れてしまいました。カラー写真は露出が難しく、電気露出計が必須と聞いてましたので、バイト先の某電気計測器会社で買ったような気もするし、はたまた、当時、愛用していた『関式・露出計算尺』を使ったのかもしれません。
カラーで何を写そうかと色々考えたのでしょう、第一回目の撮影は、当時の国鉄の花形列車、ビジネス特急『こだま』です。撮影場所は、京浜東北『蒲田駅』の大森よりにある呑川の鉄橋。上りの『こだま』です。当時は8両編成で、前面の連結器も目立たないようにしてあります。
たぶん、上の『こだま』を撮影したのと同じ日だと思います。私の大好きな京浜急行730形、特急浦賀行きNo.734以下四連です。
場所はたぶん、六郷土手駅から六郷川の橋梁に掛かるあたりと思います。京浜急行の関西の私鉄を思わせる、豪快な快速ぶりは堪らない魅力がありました。
信号機の赤色は塗り替えの錆止め塗料らしいです
六郷川(多摩川の下流域)の河原にやってきました。上流側から写します。バックに国道1号線の六郷橋が見えています。
デハ230−クハ140−デハ230で下りの各駅停車と思われます。前面を拡大しても急行の表示板が見えないし、この空き具合だと、たぶん各停でしょう。半逆光なので、良い調子が出せませんでした。
別の日の事だと思いますが、東急の東横線、多摩川の橋梁にやってきました。私の住まいの近くなので多分、自転車で来たのでしょうね。
当時の花形、デハ5000系の5連の急行、渋谷行きです。
丸子橋と東横線鉄橋の中間あたりからの撮影でしょうね。バックの多摩川台公園の緑はいまでも当時のイメージがあります。
渋谷行きの急行でデハ5000−デハ5000−デハ5000−サハ5050−デハ5000の五連。光線状態からすると午前中らしいです。
お次は、東急の池上線。雪ヶ谷大塚駅〜御嶽山駅で、もうすぐ御嶽山駅って場所です。右側の建物は銭湯ですが、いまでもあるんだろうか・・・・・。
幼い日、この池上線のこのあたりの線路端で、遊び、電車を見ながら育った私です。
先頭のクハはクハ3850形でNo.3864です。電動車2両の形式は判りませんがデハ3450かもしれません。
何故か一齣だけ京成があります。撮影場所は、50年前の事ですから殆ど覚えておりません。江戸川の駅で降りて、小岩の駅まで歩いた、ぼやけた記憶があるので、小岩駅の近辺かもしれません。
当時の新車、モハ3050でNo.3055で、成田行きの各停らしい。車体色は、もっとオレンジっぽかった気がしますが、なかなか上手く加工できません。
この7駒で、このフィルムは終わっています
フィルムはセミ判で8枚撮り
一齣は、現在の私より少し若い、今は亡き父が写っております
少々、しんみりしてしまいました
50年前のフィルムにしては色が残っていると言うべきかもしれませんが
スキャン時のフィルタ選びをちゃんとすれば、もっとマシな色が再現できそうです
なんたって代用品の『折り紙』なんですから・・・・・