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■■ 国鉄貨物専用線【品鶴線】1959年・No. 3 ■■
1959年(昭和34年)


 19 59年の9月です。

地図の雪ヶ谷高校の左、掘割が始まるあたりから品川方面を望んでいます

客車列車ですが回送です
各種形式が入り乱れ楽しい列車ですね
牽引機はわかりません

地図にある踏切です

EF12が踏切を通過します
この頃になると、この踏切にも警報機(遮断機無し)がつきました
光線状態は午後ですね

EF58の引く上りの客車列車・・・・・大船工場あたりからの回送でしょうか
いろいろな種類の客車が5両
いったい、何形なのでしょうか??

『 推理ゲーム』です

客車部分を引き伸ばしてみました

二人の鉄道愛好家の友人:TMさんとSTさんの推理によると・・・・・

TMさんの推理

一体、何の回送列車なのでしょうか。編成がキ・ロ・ハ・ロ・ハ・ロとは非実用的な列車です。残念ながら台車も窓配置も肝腎の細かい所が今ひとつなので判断が不十分ですが、多少の参考になるかと思い「日本国有鉄道・客車形式図1959」の20m車を見ました。
便宜的に窓配置は左から、客車は機の次位から@A・・・としました。

@ モニター屋根、二軸台車、等間隔の小窓(18個位?)、ベンチレータ7個、優等車。これに該当する図面はありませんが、ベンチレーターを無視、小窓が計17個ならば、[スロ32]か[スロ34(1〜14迄)]。 両者の差異は、手洗い室窓が 前者は1、後者は2。スロ32が最も近いと思われる。

A モニター屋根、二軸台車、等間隔の小窓(21個位?)、ベンチレータ8個、三等車。これに最も近いのがスハ32、但し小窓が正確に言えば等間隔では無く、d2-2-2-(計11組)-1d。
  
B 切妻、二軸台車(TR40系)、行灯付片デッキ、中窓、ベンチレータ無し(?)、優等車。これも該当する図面はありませんが、ベンチレーターを無視、中窓11+小窓1ならばスロ60、小窓1+1+中窓12+小窓2、だとスロ53かスロ54が近い。

C 切妻、二軸台車(TR40系)、窓配置、d1+10d1、三等車。に該当するのはスハフ42とスハフ45がある(除・北海道型=スハフ43)。 両者の違いは重量と製造年以外、図面からは区別出来ない。

D モニター屋根、三軸台車(TR73系)、不等間隔の小窓(14個位?)、ベンチレータ7個、優等車。これも該当する図面はありませんが゛、ベンチレーター数を無視すれば、マロネ49が最も近い(=窓配置;d・1・3−1・1−1・1‐1・1‐1・1‐1‐1・d)。

 

STさんの推理

1.客車の形式

@両目: TMさんとほぼ同じですが、編成の先頭なのでスロフ31(スロフ31250→スロフ31)が可能性として一番高いと思います。ただ、等級帯のUの間に通常「食堂」や「寝台」と表示している部分に何やら白く表示らしき物が伺えるので、これが何かが気に掛かります。

A両目: これはスハ32でほぼ間違い無いと思います。ベンチレーターの数から見るとスハ33とも考えられますが、窓の数が33よりも多そうなので32だと思います。このころは、全検等の際にモニタ屋根の明かり取り窓の廃止やベンチレーターの移設も行われたようなのであまり信用出来ません。等級帯の赤を消したばかりのごとく少々濃い感じに見えVと思われる表示も四カ所見えます。まさかスヘ30ではないでしょう。

B両目: この車は、TMさんとかなり異なります。優等車で片出入り口、小窓2個、広窓6個、トイレ窓1個、冷房対応で深屋根ベチレーター無し、TR40型台車は、マイネ41(後に一等寝台車廃止でマロネ41)です。他に該当車は無いと思います。

C両目: この車両は、撮影場所が関東なのでスハフ42と思います。

D両目: この車両は、優等車TR73型台車、出入り口、トイレ窓1、窓1、窓2×4、窓1、車掌室窓1、出入り口、それに良く見るとアンチクライマーも見えますから、マイネフ38(マイネフ37230→マイネフ38→一等寝台廃止後マロネフ49)ですネ。ベンチレーターは、前述の通りあまり判断の材料に成らないようです。なお、この車両だけは、現車を見たことが無いので「日本の客車」(鉄道図書刊行会)で写真を確認しました。

◆ 以上から編成は、EF58+スロフ31+スハ32+マイネ41+スハフ42+マイネフ38と成ります。

2.列車種別
  
 更に興味があるのは、この列車の種別です。EF58+客車5両で優等客車が3両、内2両が1等寝台車、何か意味有りな感じがしませんか。小生の推測では、お召し列車の訓練運転では無いかと思います。当時国鉄では、お召し列車運転に際しての訓練運転では、こうした優等客車 等を使用して行っていたようです。高校の頃高崎で二度程見ました。二度とも二等車が一両または二両着いたような気がします。そんな訳で、これは、お召しの訓練運転と推測します。皆様は、如何ですか。

・・・・・ですが、皆さまの推理は如何ですか?

 19 59年10月、地図の築堤にやってきました。

EH10が上りの急行貨物を引いてやってきました
美しい編成で機関車が頼もしく見えました

同上、後姿

EF13の横顔
私はEF13は凸形の時代のほうが好きで
EF58の車体をのせた
このタイプはそれほど好きではなかった
でも、改めて見ると結構美しいなあと思うのです


上とは別の日です
朝早い時間帯に、写しに来ました

逆光でかなり気取って写してますね
EF15です
ナンバーは全く読み取れません

保線官舎まえの桜
桜は昔のままでしたが、この辺りにも住宅が建ち始めました
EF15が上りの列車を引いて行きます

上の写真より、すこしにしに移動
全くの逆光ですが私なりに何か目的があったんでしょう
ちから及ばず変な写真になりました


これで、1959年の品鶴線のアルバムはお仕舞いです

このページを作っていて、四十数年まえの私を想い
あの品鶴線の列車、沿線の風物を思い出し
かなりセンチメンタルになりました

現在の横須賀線、湘南新宿ライン、新幹線が、こんな雰囲気の中で撮れたら
素晴らしいのになあと、思ったものです


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