■■ 静岡鉄道秋葉線(2) ■■
1960年3月・二度目の訪問


( 2009.10.30 画像大型化・説明文一部修正 )

静岡鉄道駿遠線は
東京から割と近いのに、かなりのローカルカラー軽便で私は大好きでした
すっかり駿遠線ファンになり、何回も通いました
1960年・昭和35年の3月にも静鉄・駿遠線に行って
ついでと言っちゃあ何ですが、その時も秋葉線を覗いてきました
前回同様、新袋井駅前での撮影に終わってしまいました
今になれば、後悔先に立たず、乗っときゃあヨカッタ!!と、悔やむ私です

 1960年・昭和35年3月と言えば、私が大学を卒業して、39年間勤める事になる、某商社に入社する直前です。 私は、静岡鉄道駿遠線の撮影に出掛けました。
 社会人になったとあれば、カメラは、兄のオリンパス35−Wを何時までも借りると言うわけにも行かず、前年末に新発売のオリンパスペンを確か6,300円で買って使っていましたので、それで撮影しました。流石はオリンパスで、この当時としては安かった、こんなハーフサイズカメラをシステムカメラと位置付けた事です。レンズは三枚構成の C-Zuiko F3.5 25mm、ハーフサイズ、ケースはハードとソフトの両方、コピースタンドもあってカンペキな品揃えでした。微粒子のフジ・ネオパンFかなんかで5メートル以内の物件を写すと、それは良いピンでした。そんなわけで、愛用しておりました。
 ・・・・・で、今回の写真は、そのオリンパスペンで写したものです。フィルムは確かフジ・ネオパンSSです。


 早朝の東京駅から各駅停車・・・・当時の事ですから、勿論、客車列車です・・・・で、藤枝で下車。駿遠線の撮影をした後、袋井に行くことになりました。
 藤枝発13時09分の東京発・京都行125列車に乗車・・・・これまた、客車列車・・・・そして、14時03分、袋井駅に到着いたしました。

 袋井駅のホームには、こんな案内板がありました。このとき、初めて、静岡鉄道の秋葉線は、「AKIWA」と読むことを知りました。

 国鉄の袋井駅、駅前広場の向う側に駅舎というか、あんまりパッとしない建物があります。これが新袋井の駅でした。


 そう言う事で、いよいよ、静岡鉄道秋葉線です・・・・・・・。

 No.8です。この車のサイドビューの写真が無いので、側面が木造だか、台車がボギーだか単車だか解らないんです。昭和33年の11月に静鉄の本社でうかがったお話に拠ると、全長8,865mm、電動機は35HP×2、定員40名、最高時速22.6km、製造は大正15年12月となっています。なかなか、逞しい面構えで、連結器と救助網で、裾回りを締め、良い味出しています。
 新袋井駅の電車乗り場は、プラットフォームと云うには、あまりにオソマツというか、素朴と言うか、シンプルと言うか、よーするに踏み台です。地面は舗装無しで、これまた結構なもんです。ただもう、涙なみだの光景でありました。

 秋葉線の連結器は、バッファとリンク方式で、がっしりした立派なものです。そして、救助網もちゃんと付いています。

 駅前商店街通りから、新袋井駅を見ると、こんな感じ。バスの向こうの三角屋根が新袋井駅。発車を待つNo.8。
 ・・・・・・で、ごちゃごちゃした、狭い商店街の中を、小さな電車が、ごろごろやって来るわけです。

 やがて、No.8は新袋井駅を発車し、目の前を通過して行きます。

 狭い袋井の駅前商店街をゆっくりと抜けて、遠州森町に向けて走り去って行きました。


 新袋井駅に戻りましょう・・・・・・・。

 こちらは、ボギー車のNo.6。ダブルルーフの中央に載せたパンタグラフもユーモラスでした。トレーラーを2両引き連れて居りました。
 全長8,865mm、電動機35HP×2、もちろん直接制御、定員40名、時速22.6km、製造は大正15年12月。


No.6のパンタグラフ・・・・シングルアームパンタ2台を接合したみたい

 左側の写真は、No.6の運転台。直接制御のコントローラに、手動ブレーキの丸ハンドル、「 逆 L 字 」型のハンドルは左右の乗降用ステップを上げ下げするのに用いるレバーです。全てを人間の腕力と頭脳に任せてる所が、凄いと言うか、原始的というか。でも、昔はこれが当たり前の世界でした。それから、ブレーキを固定したり、緩める動作の時には、足も使って、ストッパを動かします。
 右側の写真は、連結器の作動状況です。

 

 No.6の次位にはトレーラーのNo.1。次のNo.5とは台車が違いますね。こちらの方が如何にも客車風です。全長8,140mm、定員40、大正9年の7月製造です。

 トレーラーのNo.5。ステップが車幅の関係か左右にずれてる所がまたよろしい。全長8,738mm、定員40人、大正9年10月製造。台車や車体の構造から見て、ひょっとしたら前身は電動車だったかもしれません。


ステップ部を拡大してみました

 駅の奥の方に小さな車庫が見えました。ひょろっと背が高く、ユーモラスな格好なので写しました。左側に「つっかい棒」が、かませてあります。中に居るのは何でしょう?
 拡大してみましたら、トレーラーのNo.3でした。

 


 No.2が発車を待っています。No.2は全長9,005mmで、モーターは35HP×2、直接制御、定員40名、最高時速22.6km。製造年月大正14年4月との事です。昭和中期ののどかな街の眺めですね。

 ・・・・と、云うわけで1960年(昭和35年)3月の静岡鉄道秋葉線のレポートを終わります。この年の4月から社会人の世界に入って、そうは簡単に旅に出る事も出来なくなり、秋葉線は廃止になるまでに一度も訪問する機会が有りませんでした。


 1990年代中ごろでしたか・・・・
袋井駅附近の、ある機械製造会社に仕事上の用件で何回か訪れたのですが
駅前の風景も全く変わっていて、往時をしのぶ建物も、僅かしか残って居らず
その風景に、この電車風景を重ね合わせる事は出来ませんでした