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■■ 高校修学旅行(中) 東海道第二巻 ■■
1955年3月29日

【 画像大型化版 】

2000.9.18製作
2010.2.18/加筆訂正と画像大型化

昭和30年(1955年)の3月29日、高校の修学旅行の貸切列車は豊橋を過ぎ
いよいよ名鉄圏に入ってきました


 列車は御油の駅(まだ愛知御津になってなかったと思うけど怪しい)を通過し、蒲郡駅。蒲郡駅は名鉄の蒲郡線と接続 し、暫くは東海道と名鉄が平行します。離れる辺りに駅があり、蒲郡線の2両編成の電車と遭遇しました。 調べてみましたら、この駅、「拾石(ヒロイシ)駅」らしく思われます。その後、この左方(蒲郡駅側)にあった塩津駅と統合され、もう少し蒲郡駅よりに蒲郡競艇場前が出来たとの事です。Googleの航空写真を見ると、『拾石駅の遺跡らしき地形』が見えます。


蒲郡行の電車が発車


擦れ違います
田園の中、単線の名鉄・・・・向こうに小島の浮かぶ海


電車の部分を拡大してみました
形式は判りませんが、ダブルルーフで3扉、台車はブリルMCB
ナンバーの読めない付随車は明らかに前身が気動車ですね

 現在、この辺の景色はどんなになってるんでしょう。新幹線しか乗らなくなって久しく、見てみたい気も致します。こんなに美しい田畑の向こうの海、そして島なんて景色じゃなくなってるんだろうなあ ・・・・・。
 そこで、地図を見てみましたら、この海は埋め立てられて、工場が並んでいます。二つの島は、埋立地の中に埋没してしまったのでしょう。(地図にある『大島』にしては近いし小さい。)

 そして、安城駅。当時は西尾線の南安城と、国鉄の安城を連絡する路線があ りました。1031、木造(たぶん)ダブルルーフの小型の電動車の単行が運転されておりました。

 そして、列車は更に走って名鉄の神宮前駅に差し掛かります。電留線にはモ3300、モ800、モ3600、ク2300などが目白押しです。もちろん 塗色は濃緑色一色。

 神宮前駅のホームには 、オリジナルに近いお顔の3400系流電が、4連で停まって居りました。先頭車はク2402です。

 私たちの乗った列車は熱田駅を通過 します。上り線をEF58に引かれた急行貨物が通過して行きました。ワキ1、ワキ1000、そしてワム90000と多彩です。

 熱田駅を通過して、こ こから名古屋まで名古屋鉄道と並びます。


ク2800+モ3800のようです
左の塀の中は、日本車輌でしょうか・・・・

・・・・・ 平行区間を盛んに名鉄の電車が往来します ・・・・・


モ850系の2連の各駅停車・岐阜行


ク2350+モ850が滑り込んだ駅は、当時、山王駅と呼ばれ
その後、何回か駅名が変わりましたが、現在は山王に戻っています


そろそろ名鉄は地下線に向かうようです

 名古屋駅では、いままで牽引していた電気機関車EF58(たぶん)から蒸気機関車C59に付け替えが行われました。付け替え作業を見に行った筈なんですが写真撮ってない!

 名古屋を出ると名鉄の栄生駅で、特急用の最新型、3900系がいました。


名鉄をオーバークロスする西枇杷島駅に停車中の電車は
ひょっとすると
先刻、名古屋駅手前で追い抜いた850系岐阜行き各停では・・・・?

 尾張一宮駅通過。向こうの線路を名鉄3400系が走ります。 岐阜行きの特急で、先頭車のナンバーは柱に隠れていますが、最終桁が『2』。ほぼ間違いなく、神宮前で追い抜いた岐阜行き特急だと思われます。

 そして、岐阜、大垣、新垂井経由で無事、関が原の駅に着きました。ここで、特急に抜かれます 。『特急つばめ』と、『臨時特急さくら』です。
  機関車を撮ろうとカメラを構えます。


先ず、「特急つばめ」ですが・・・・・
撮影は見事に失敗
見事なピンぼけで、手前のレールが、実にシャープです
機関車がC62だと言う事はわかりますが・・・・・


お次は「臨時特急さくら」で、C59が牽いて居りました


「さくら」の最後部はスハフ42

 まあ、色々あって、列車は無事、京都は東山のトンネルに向かいます。

 京都に到着した私たちは、如何したんでしょうね?全然記憶に無いんですよ。もう夕方なんで何処も見ずに宿に入ったと思うのですが、下の写真が残ってるところを見ると東本願寺くらい見たのかもしれません。京都市電の656です。

 翌日は貸切バスで奈良へ向かいました。東大寺とか、薬師寺とか、法隆寺とか見学した筈なんですが、その辺りの写真は出しても仕方が無いので、その中から、電車関係をみつくろって御覧に入れたいと思います。


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