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■■ 三日目は阪急で宝塚/そして京都のN電(上) ■■
1954年8月13日(・・・かな?)

【 画像大型化版 】

2000.9・3製作
2010.5.8/加筆訂正と画像大型化

翌日、13日だと思うけれど、雨が降った様な気もするし記憶が完全にアウト
当時のアルバムを見ても、この辺がぼやけた記述になってるのですが
まあ、大目に見てください
今日は西宮市は今津駅あたりのベースキャンプ(兄の下宿ですが)から
宝塚、そして京都に行こうと出発しました


 兄の下宿を出て、阪神国道を西に、のんびり歩けば直ぐに阪急今津線の阪神国道駅です。交叉する阪神の国道線の停留所名は北今津でした。これでは連絡客に不便ではないかと思ったんですが、関西では多いみたいだと何となく納得。
  その北今津停留所には国道線31形36が到着しました。古典的路面スタイルの好ましいデザインです。

 ・・・・で、今津線に乗って宝塚まで行きます。同じ阪急でも今津線の小型車の3連は、神戸線のハイスピード感は全く無くてのんびりと駅を数えるみたいに北へ走ります。

 宝塚に着くと宝塚線の610がバリバリの新車の車体を見せてくれました。阪急は珍しい非貫通型でなかなか格好良かったです。たしか旧型車の更新車と後で聞きました。電動客車の改造に思える荷物車も610に並んで私を迎えてくれました。


 宝塚駅から出て、ちょっと梅田寄りに歩き撮影ポイントを探し、格好の場所で一枚。現在の川面三丁目あたりでしょうか・・・・。 梅田行の急行が来ました。300+1+1+300の4両編成。

 車輌部分を切り出してみました。丸屋根にお椀ベンチレータの300形、二重屋根の1形、全車にトラス棒。少年時代のむ〜さんは、神戸線の電車に較べて、随分、格が落ちるなあと思ったのです。いま見ると、両形式とも実にいい姿だなあと思うのですが・・・・・・。

 ・・・・・さて、 これから、京都へ行くのです。今の私なら阪急宝塚線で大阪へ出てそれから京都に向かうと思いますが、当時、私の考えたのは国鉄の福知山線の利用でした。
  国鉄の宝塚駅の様子などはまるっきり記憶が欠落。やってきた当時の最新気動車キハ45000(後のキハ17)の5両編成の大阪行普通列車に乗り込みました。非常にすっきりとしたデザイン、濃い目のブルーにシルバーっぽいクリームの2色の塗分けで当時の私の目に素敵に映ったものです。ずらりと並んだ狭めのクロスシートの背ずり板は低く室内を広く見せております。シートのビニール張りがちょっと惜しかったけれど。

 開放的なキハ45000の前方の眺めもよろしく最前部にへばりついて田園の中を行く景色を楽しみました。 この信号は何処の場内信号でしょう。中山寺駅でしょうか?


列車の後方を見ています

 やがて列車は川西池田駅に入りました。

 川西池田駅では、下りの客車列車と交換です。この機関車はC54なんですね。当時は気がつきませんでしたが、部分拡大してみて判明しました。

ナンバープレートは、C54 10の様です
左の方に貨物ヤードへの線路がカーブを描いて分岐しています

  塚口から東海道本線に合流し、やがて大阪駅着。そのまま、キハ45000は宮原(たぶん・・・)へ回送されて行きました。

 このあと、憧れの阪急デイ100の急行で京都は四条大宮へ向かい、N電とのご対面となりますが、残念ながらデイ100 をちゃんと撮っていません。 我ながら当時の私の思考回路が理解できませんね。記録すべきののがさっぱり記録されていないのですね。困ったものです。
 お昼ご飯くらい何処かで食ったと思うけれど全然記憶に無いんです。今と違って、何を食うかでなくて、何でもいいからオナカが満腹ならOKの世代でしたからね。 阪急百貨店の大食堂に入った記憶もありますが、他のときだったかもしれないし、はっきりしません。

 ・・・・・昼食はともかく、あの感動的な阪急梅田駅のホームにやって来ました。2度目です。『大阪池田間』のサボを下げた75です。木造・3扉・電動車。なんたって木造車です。嬉しかったですね〜。東京では少なかった木造車ですが何故か関西に来てみれば、 結構、いい状態で、そこら中に居まして、大感動でありました。

 さて、新京阪じゃなくて、阪急の京都線ですけれど、 乗った急行は、憧れのデイ100でした。しかし、神戸線ほどのスピード感は無かったように覚えています。
 旅行前に雑誌・鉄道模型趣味の記事で読んだ、国鉄の特急燕号と競争して楽勝といわれた、京都行きの新京阪でしたが、山崎・長岡天神あたり、不覚にも眠ってしまいました。気がつけば既に電車は京都の地下線区間を走っており、やがて当時の終点、 京都・四条大宮にある終点・京都駅に到着致しました。

 128です。この車のシートはロングシート で、乗客の少ない車内、椅子に斜めに座って、ぼんやり流れる景色を眺めていた記憶があります。地下の京都駅での、 真っ黒なブレ写真ですが、デイ100はこれしか写していませんので、大型画像でご覧頂きます。当時の、京都ターミナルの感じはつかんで頂けるかと思います。

 さて、これから地上に出て、あの「N電」を写し、乗ろうと言う訳です。

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