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この後の旅日記は計画中です

■■ 第五日は南海上町線と大阪市電 ■■
1954年8月15〜20日あたりの一日

【 画像大型化版 】

2000.9.4製作
2010.5.9/加筆訂正と画像大型化

 

8月11日から西宮市の兄の下宿に居候して関西電車の旅の真っ最中

益々撮影枚数が少なくなってきました
やっぱり当時の高校生には、フィルムは高価な買い物だったのかもしれません

雨の日があったりした所為で日付がどんどん怪しくなってきました
まあ、1954年・昭和29年8月15〜17日辺りでしょうか・・・・・
8月中旬といえば正確だろうと思います


 よいお天気の日です。どういう道順かもわからないのです。多分、阪神電車で梅田へ出て、さらに地下鉄で難波に行ったのでしょう。 南海の難波駅のシーンも撮っていないと言うのも困ったものです。
 難波駅から南海の急行電車で住吉公園駅まで乗りました。今宮駅、天下茶屋駅あたり迄の高架複々線にぶったまげで、特急『こうや』にすれ違い、1900をちらっと見まして得したような、撮影出来なくて悔しかったような記憶があります。

  多分、天下茶屋駅を過ぎてからだと思いますが、『南海型電気機関車』の引く、ささやかな貨物列車とすれ違いました。慌てたのかカメラが斜めで画面に欠落部分があります。

 住吉公園駅で下車、ホーム で、やってきた電車を撮影しましたが、たったの2枚しか撮って居ないのです。惜しい事です。この電車、住吉公園駅折り返しです。 手前はクハ1851形、その向こうの二両は、モハ1001形か、モハ1081形と推測されます。

 所謂63形で、南海では1501 形の1512で 、浜寺行急行。

 さて、駅の外へ出て住吉大社の前に出、少し歩くと住吉の電停で恵美須町〜浜寺駅前間の南海阪堺線と天王寺駅前〜住吉公園間の上町線のクロスとなっています。
 此処で、上町線のモ101を三駒写して居ります。 ど〜した事か、あんなにいい電車が居たのに、これっぽっち!!

 このモ101・・・・堂々たる米国風の3扉ダブルーフ木造車。濃緑色の車体には赤茶色の鉛丹ペイントの屋根(オマケにベンチレータが古典的なトーピード型)、その前後にはYゲルがレトリーバ付きで設置され、屋根のヘッドライトとオデコ両側の尾灯もアクセント、しかも本格的救助網もついてるという 凄い電車でした。ご覧下さい。


天王寺駅前行の112


112の顔部分をクロースアップ
言葉では言い表せないくらい素晴らしい電車!!


住吉公園行114


住吉公園行105

  ここから、上町線に乗り、専用軌道、併用軌道、取り混ぜて天王寺駅前まで行きました。そして、多分、地下鉄(市電だったかなあ?)で梅田に参りました。
  そして市電の撮影です。先ず、2036と、1721。

2001形2036

1711型1721

 1001形1041です。これが非常にユニークでして、丸屋根の上にはボールを伏せたような、白だったか銀色だったかの左右四つずつのベンチレータが並びます。そして、屋根の端が段状になっているのが珍しかったです。オマケに木造車です。

屋根の端の部分とベンチレータ

 多分、当時の最新モデル2101形の2103。

 そして、この日は、これで終わりになりました。多分、又もや阪神電車の急行で 今津のベースキャンプに戻ったのでしょう。

 南海電車の形式同定に付き、のり様にアドバイスを頂きました。感謝の意を表します。


 ここ までで、小型画像中心の旧バージョン旅行記は終わっています。

 しかし・・・・・すでに、ブログで公開しましたように、オリンパス35−Wで写した35mmフィルムと、ミノルタセミPで撮ったブローニーフィルムがあるのです。
 尼崎車庫ほかで写した
阪神電車とか、守口駅の京阪、そして、近鉄特急の2250、2301などもあるのですが 、旧バージョン製作当時にはブローニーのスキャナが無かったのです。いまなら、スキャンも出来ます。残念なのは、写真の駒数が極端に少ない事なんですが・・・・・。
 そんな、このシリーズの続編を、企画中で、私のボルテージも上がっておりますので、そう、遠くは無い時期に発表できると思います。

 その日まで、中断・休憩と致します。 お許しください。(2010.5.5 記)


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この後の旅は続きます
旅行記は計画中ですが、中味は少なく
既にブログにて発表済みの京阪・近鉄・阪神などを予定して居ります
ただ、私の記憶が薄くなりすぎたのが問題で・・・・・・