■■ 横浜市電・久保山電停・霞橋 1969年6月 ■■
(2011年8月28日 製作)
神奈川県の県庁所在地、横浜市西区と、南区の境界辺り
昔は市電の走っていた「市道藤棚伊勢崎通り」があります
その通りを跨いで
西区
霞ヶ丘と南区三春台を結ぶ霞橋という優美なアーチ型のコンクリート道路橋
この橋は、二代目で「昭和三年竣功」と親柱に記されています
その橋のお話です
2010年8月30日・月曜日、滅茶苦茶暑かった一日でしたが、
横浜市西区霞ヶ丘、南区三春台の境界あたり、「久保山」のバス停
の上に架かる「霞橋」まで行って来ました。
横浜市道・藤棚伊勢崎線には、横浜市電の7系統(中央市場〜八幡橋)と、9系統(六角橋
〜浦舟町)が走って居りましたが、昭和43年には9系統が、昭和44年には7系統が廃止され、「久保山」の電停があったところが、現在のバス停の「久保山」です。
ここに、昭和3年竣功の「霞橋」が架っています。この橋は二代目で、故事来歴を調べると、面白そうなんですが、市電、横浜市の発展、
関東大震災と、大変な作業になりそうなので、今回は省略。
(1) 私は横浜駅東口のバスターミナルから「102系統」の横浜市バスに乗ります。バスは国道一号線を下り、浜松町で左折、藤棚から、坂を登りきったところにある、この久保山のバス停に到着しました。 ( このバスは、道路の反 対側から、あとで写したもので 「102系統」か「68系統」か「32系統」か分かりません )
(2) バス停から見ると「霞橋」が、ど〜んと架かっています。「わ!圧倒的〜っ! !」。 トイレも中々モダンなデザインです。
横浜駅からきたバスを降りたら、目の前の階段を上って、眺望を楽しみましょう。門柱のような白い柱、赤煉瓦の擁壁
・・・・これは、1913年・大正3年に出来た、電停から初代の霞橋に上がる階段でした。当時の市電は、この初代・霞橋を専用軌道でくぐっていました。今の霞橋は、1928年・昭和3年の竣功の二代目で
、「かながわの橋100選」にして、「横浜市認定歴史的建造物(橋・門柱・煉瓦塀)」に指定されて居ります。
(3) 霞橋から見下ろす大正3年建造の電車通りから霞橋へ上る階段の門柱と赤煉瓦の擁壁。
(4) 南北に架った霞橋の上から西側・・・・浜松町、横浜方面を見る。このカーブを曲がって坂を下って、「境の谷」、「藤棚」、そして「浜松町」に至ります。
(5) 霞橋から東側・・・・初音町、阪東橋、浦舟町・・・・・八幡橋方面の眺望。
現代の霞橋と、橋上からの眺めをご覧頂きました。
さて、ここからが、本題です。時間を41年遡り、市電が走っていた頃・・・・・1969年・昭和44年6月29日の「久保山電停」
を見に行きましょう。
昭和44年・・・・・横浜市電もかなり路線が整理され、だんだん寂しい感じがしてきました。ここ久保山は、7系統だけが走っておりました。7系統は「中央市場〜八幡橋」間を運行して居りましたが、このころには、須崎神社前以東、中央市場方面、生麦方面が既に廃止されており、「須崎神社前〜八幡橋」間になって居りました。その7系統が1969年・昭和44年10月1日に、廃止されると言う事で、1969年・昭和44年6月29日・日曜日、鉄道大好きの友人たちと、
残り三ヶ月となった7系統を撮影に行ったのです。
ます、須崎神社前〜青木通りあたりで撮影した後、7系統の八幡橋行、1300形に乗り、「久保山」電停に到着しました。
(6) 霞橋の下にある「久保山」電停に須崎神社前に行く電車が到着しました。方向幕は「須崎神社」になっています。乗車するお客さんも大勢いらっしゃって、市電が重要な交通機関だったことが伺えます。
(7) (6)の1300形1303が発車してゆきます。
(8) 階段を上って霞橋上から見下ろします。電車は須崎神社前行の1304。
(9) 1304が「境の谷」に向かって坂を下ってゆきます。
(10) 八幡橋行の1308の到着です。
(11) この「門柱と赤煉瓦の擁壁」・・・・最近に気づき、調べてみたら大正三年の建設とわかって、現存する事も確認・・・・そんな事がきっかけで、2010年8月30日の「霞橋」訪問になったのです。電車は八幡橋行の1308です。
(12) 橋上から東方・・・・初音町、阪東橋、浦舟町方向を眺めています。左側の斜面の上の道に沿って、2010年には緑の葉を繁らせている桜の樹の列は、この時には見られません。
(13) (12)の左側に写っている電柱の上あたりから、霞橋を見ています。電車は1301の須崎神社前行。
(14) 霞橋から電車通りに沿って斜面の上の道を、西に歩きます。次の停留所「霞ヶ丘」に近い辺りで、電車通りに降りられます。須崎神社前行の1300形電車の後、軌道敷内にいる乗用車の辺りが「霞ヶ丘」電停です。バックの丘の上の建物は、関東学院でしょう・・・・・。
このあと、私たちは、あと三日で市電が来なくなる「洪福寺前」に向ったのでした。「須崎神社前〜青木通り」、「洪福寺前」での写真は、また、機会を見てアップロード致したく思って居ります。
2010年9月11日付の私のブログ「お出かけ通信:blog版」に、霞橋の色々なアングルの画像が出してあります。下記のリンクをクリックすると、ご覧頂けます。
2019年09月11日付けブログ:お出かけ通信#452:横浜久保山/霞橋を渡る
■ 参考文献:
・長谷川弘和著 横浜市電が走った街今昔 (JTBキャンブックス)
・横浜市交通局 電車運転系統図