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■■ 駿遠線全車両ガイド その壱 ■■

【 蒸気機関車:SL/藤相鉄道・中遠鉄道・静岡鉄道 】


 蒸気機関車にはそれぞれの鉄道が開業および路線延長により新製・増備したものと、他鉄道からの転入車両がある。静岡鉄道駿遠線には、旧藤相鉄道・中遠鉄道からの引継車と、静岡鉄道になってからの増備車で総数21両が在籍した。これらは藤相鉄道12両、中遠鉄道5両、静岡鉄道4両、の全部で21両となる。

 藤相鉄道時代、すでに大量の蒸気機関車が廃車されていた。鉄道開業に当り用意された栄えある1〜4号機はおろか、路線延長により増備された6・7号機も廃車された。また別の事情により、5号機はそれ以前に廃車(転売)されていた。これは導入したガソリンカーの成績が良く、煙も出ず乗客の評判も良いため、蒸気機関車を一斉にガソリンカーに変更しようとしたためである。ところが皮肉なことに戦争が始まり、ガソリン入手難から蒸気機関車が復活し、戦後も遅い時期まで大活躍したのである。

 静岡鉄道合併当時、両鉄道に重複する車両番号のものは、小型を若番とする改番が行われた。そして旧中遠鉄道側に1〜7号機、旧藤相鉄道側に10〜12号機と揃えるべく、旧藤相の8・9号機を6・7号機に改番した。おそらく最小型の中遠鉄道1〜3号機に、同鉄道の4号機(二代目)・5号機を続け、その後に藤相鉄道からの6号機・7号機と繋げたかったのだろう。ところがガソリン不足による動力車不足と、押し寄せる買出し客に対処すべく、旧中遠側の二代目4→13号機、5→14号機と改番。新規に15・16号機の割り当てを得、さらに改軌・電化した栗原鉄道より17・18号機を入手した。

 蒸気機関車は昭和27年頃まで使用され(記録上は昭和29年まで1両在籍後全廃)、戦後の混乱期輸送を支え続けた。廃車後は多くの足回りが供出され、ディーゼル機関車DB60形に生まれ変わった。蒸気機関車のうちの1両、戦後生まれの立山重工製15号機だけが、静鉄駿遠線で唯一の保存車両となった。保存展示場所は静岡城址公園から藤枝市の郷土博物館に移されたが、今日でも実物の軽便用蒸気機関車を見ることができる。

(参考資料) 蒸気機関車改番一覧表

藤相鉄道

1号機→廃車
2号機→廃車
3号機→廃車
4号機→廃車
中遠鉄道4号機→5号機→廃車
6号機→廃車
7号機→廃車
8号機→静岡鉄道6号機
9号機→静岡鉄道7号機
10号機→静岡鉄道10号機
11号機→静岡鉄道11号機
12号機→静岡鉄道12号機

中遠鉄道

1号機→静岡鉄道1号機
2号機→静岡鉄道2号機
3号機→静岡鉄道3号機
4号機→藤相鉄道5号機
南越鉄道2号機→二代目4号機→静岡鉄道13号機
栗原鉄道B81→5号機→静岡鉄道14号機

静岡鉄道

15号機(新製)→保存
16号機(新製)→廃車
栗原鉄道C121→静岡鉄道17号機
栗原鉄道C122→静岡鉄道18号機

※ 静岡鉄道:1〜3・6〜7・10〜12・13・14・15〜16・17〜18号機
(合計14両)

@藤相鉄道1〜4号機 →廃車(藤相鉄道)

 開業にあたり最初に準備された、ドイツ・コッペル社製6.4トンのB形(動輪2軸)タンク式機関車。製造は大正13年3月、製番は6231〜6234で、総代理店のオットー・ライメルス社と商社の三井物産を通して輸入された。開業式では一番列車を牽引し、路線延長とともに大手〜藤枝新〜大井川の区間で活躍し、軽便鉄道の顔として親しまれ絵葉書などに多くの写真も残されている。しかし動力車をガソリンカー化する将来構想のもと、廃車は早かった。2〜4号機は昭和10年3月と7月に廃車届が出され、1号機も昭和12年11月に廃車届が出された。
(車両諸元)
シリンダー:150×275mm、使用圧力:12.3kg/cu
火格子面積:0.30u、伝熱面積:7.74u
シリンダ引張力(0.8P):1,015kg、
車 体:最大長4,666×最大幅1,600×最大高さ2,967mm

A藤相鉄道5号機 →廃車(藤相鉄道)

 中遠鉄道から大正4年5月に譲り受けた、同社の4号機を改番した。イギリス・バグナル社製5.75トンのB形小型タンク機関車。当初は大井川の富士見橋で同区間専用に使用する予定だったが、橋が重量に耐えきれず使用できなかった。そこで他の区間に使用したが、小型機すぎて動輪径も小さいため、東海道本線との接続にたびたび遅延して問題になった。このため約2年間使用されただけで休車となり、大正9年9月に売却された。
(車両諸元)
シリンダー:152×229mm、使用圧力:9.8kg/cu
火格子面積:0.30u、伝熱面積:8.27u
シリンダ引張力(0.8P):859kg、
車 体:最大長4,322×最大幅1,448×最大高さ2,894mm

B藤相鉄道6・7号機 →廃車(道藤相鉄)

 藤相鉄道の相良までの路線延長に際し増備された、大日本軌道鉄工部製の6トンB形タンク式機関車。同社では1〜4号機と同じコッペル社製を望んでいたが、第一次世界大戦(欧州戦争)の影響で輸入できず、やむなく大日本軌道製が選ばれた。製造は大正6年2月と大正7年11月だが、竣工届は同じ大正12年6月付となっている。これら2両も廃車は早く昭和10年7月で、このとき先輩格のコッペル製の2〜4号機とともに、5両一斉廃車となっている。
(車両諸元)
シリンダー:152×254mm、使用圧力:11.2kg/cu
火格子面積:0.33u、伝熱面積:7.4u
シリンダ引張力(0.8P):940kg、
車 体:最大長5,114×最大幅1,549×最大高さ2,743mm

C藤相鉄道8・9号機 →静岡鉄道6・7号機 →静岡鉄道B7形

 1〜4号機と同一の、コッペル製6.4トンのB形タンク式機関車。製造は大正11年8月で、製番は9579・9580で、やはり三井物産を通して輸入され、竣工届は大正12年10月。この時期藤相鉄道は車両運用は余裕があったが、経営状態が順調だったため先行投資的に入手したらしい。その後中遠鉄道と合併し、静岡鉄道となってから、二代目6・7号機に改番された。さらに戦後の昭和23年には重量制が採用され、形式はB7形(6.4トンを6.5トン換算)となった。両機とも昭和26年まで使用されたが、廃車により足回りを生かしてディーゼル機関車(DB形)化され、再利用(リサイクル)されている。7号機が先に昭和26年8月に廃車届が出され、静岡鉄道大手工場でDB601に生まれ変わった。好評につき6号機も翌27年廃車届が出され、DB603として生まれ変わっている。
(車両諸元)
シリンダー:150×275mm、使用圧力:12.3kg/cu
火格子面積:0.25u、伝熱面積:7.74u
シリンダ引張力(0.8P):1,015kg、
車 体:最大長4,666×最大幅1,600×最大高さ2,967mm

D藤相鉄道10〜12号機 →静岡鉄道10〜12号機 →静岡鉄道B7形

 大井川橋改修により新たに鉄道併用橋が架かり直通運転が可能となり、大手〜駿河岡部間で路線が延長されるにも伴い、3両が増備された。コッペル社製6.5トンB形のタンク式機関車で、1〜4および8・9号機が6.4トンだったのに対し、6.5トンとほんのわずか0.1トンだが大型化している。性能面では火格子面積が拡大し、外観的にも運転室が延長され、その分最大長も長くなっている。製造は大正13年2月、製番は10906〜10908で、竣工届は大正14年4月となっていた。戦中戦後の大量輸送時代に活躍し、粗悪な石炭に苦労しながら多くの人や荷物を黙々と運び続けた。戦後の昭和23年には重量制の形式となり、6.5≒7トンとしてB7形となった。蒸気機関車としては老朽化にかかわらず最後まで活躍し、昭和27年には廃車届が出されたが、まず12号機が足回りをDB602に供出し再利用された。
(車両諸元)
シリンダー:150×275mm、使用圧力:12.3kg/cu
火格子面積:0.4u、伝熱面積:8.3u
シリンダ引張力(0.8P):1,015kg、
車 体:最大長4,846×最大幅1,600×最大高さ2,815mm

E中遠鉄道1〜3号機 →静岡鉄道1〜3号機 →静岡鉄道B5形(現車表示B1〜B3)

 中遠鉄道開業にあたり4両用意された機関車で、うち1両(4号機)は藤相鉄道に譲渡されたが、3両は最後まで中遠線区間で活躍した。イギリス(スタッフォード)のバグナル社製、5.75トンB形サイドタンク式機関車。製造は大正3年で、製番は1935〜1936・1982〜1983で、大阪の範多商会から輸入された。中遠鉄道がイギリス製機関車を指名したのではなく、範多商会がイギリス人創立の会社だったためで、他の鉄道機材とともに納入された。軽便鉄道の機関車としてイギリス製は珍しく、動輪径も地方鉄道建設規定の下限数値457ミリに近い483ミリしかなく、わが国の機関車で最も小型の部類に入る。戦中戦後の混乱期にも重宝がられて活躍し、重量制採用にともない最も小型のB5形(B形5トンクラスの意味)となったが、現車の表示はB1〜B3になっていた。その後あまりに小型だったためディーゼル機関車改造に使われることもなく、昭和27年3月31日まで在籍し解体された。
(車両諸元)
シリンダー:152×229mm、使用圧力:9.8kg/cu
火格子面積:0.30u、伝熱面積:8.27u
シリンダ引張力(0.8P):859kg、
車 体:最大長4,322×最大幅1,448×最大高さ2,894(元高2,513+追加煙突火粉止工事381)mm

F中遠鉄道4号機 →藤相鉄道5号機 →廃車(藤相鉄道)

 藤相鉄道5号機として、大正4年5月に転出した。以降の経歴および車両諸元は、すでに述べた通りである。これは両社の間に深い関係があり、取締役にも共通の役員がいたことを物語っている。
(車両諸元)
藤相鉄道5号機参照

G南越鉄道2号機 →中遠鉄道二代目4号機 →静岡鉄道13号機 →静岡鉄道B8形

 中遠鉄道第2期工事に当たる新横須賀〜南大坂開業にあたり増備された機関車で、南越鉄道から譲り受けた。南越鉄道とは武岡軽便鉄道(武岡鉄道と改称)と今立鉄道が合併したもので、改軌・電化され、後に福井鉄道南越線となった。同機はここで不要となったコッペル製7.5トンのB形タンク式機関車で、大正3年製造で製番は6319だった。この機関車は静岡鉄道合併まで中遠線で働いていたが、その後藤相線に転出し、改番されて13号機となった。その後形式が重量制となり、B8形となった。
(車両諸元)
シリンダー:170×276mm、使用圧力:12.3kg/cu
火格子面積:0.31u、伝熱面積:11.71u
シリンダ引張力(0.8P):1,266kg、
車 体:最大長5,159×最大幅1,640×最大高さ2,097mm

H栗原鉄道B81 →中遠鉄道5号機 →静岡鉄道14号機

 戦時中栗原鉄道から、中遠線の新三俣以遠延長工事用という名目で譲り受けた、同社のB81号機。日本車輌がコッペルを模倣して製造された、7.5トンB形サイド・ボトム式タンク機関車。製造は大正11年で製番は48と思われるが、栗原鉄道に昭和16年に中古として購入された同形機2両のうち1両で、静岡鉄道の譲渡許可は昭和19年4月11日となっている。しばらく中遠線で活躍したが、藤相線の車両不足により昭和22年6月に転属となり、車番も14号機に改番された。その後の重量制により、13号機と同じB8形になった。
(車両諸元)
シリンダー:180×284mm、使用圧力:13kg/cu
火格子面積:0.35u、伝熱面積:14.21u
シリンダ引張力(0.8P):1,639kg、
車 体:最大長5,442×最大幅1,685×最大高さ2,736mm

I静岡鉄道15・16号機 →静岡鉄道B8形15・16号機 …15号機保存

 戦時中に設計され、戦後になって昭和23年に静岡鉄道に入線した立山重工業製の戦時規格形機関車。立山重工ではほとんど専用鉄道向けに機関車を製造し、静岡鉄道のような地方鉄道が採用したことは珍しい。本来の設計系列では6・10・15・20トンの4種類だったが、設計を応用した8トンB形タンク式機関車だった。製造番号はL8008・L8009で、戦時設計だけあって全体に見栄えが良くなく、運転室の天井に機関士の頭が届くほど。ドームも角形で、外見は旧国鉄のB20形を極小型にしたような機関車だった。形式の重量制にともないB8形となったが、現車表示は15・16号機の頭に「B」が付けられただけだった。同機2両は新しかったことから最後まで使用され、うち15号機(B15)は静岡市の駿府城址内にある静岡児童会館に保存されたが、昭和63年7月に静岡鉄道より藤枝市郷土博物館に寄贈された。現在は屋外に屋根付きの状態で保存され、奇しくも唯一現存する車両となっている。同博物館の特別展「軽便鉄道」に出展された設計図(機関車組立図:青焼き原図)は、同博物館発行の図録にも掲載されている。
(車両諸元)
シリンダー:190×300mm、使用圧力:13.0kg/cu
火格子面積:0.37u、伝熱面積:12.1u
シリンダ引張力(0.8P):1,846kg、
車 体:最大長5,000×最大幅1,770×最大高さ2,660mm

J栗原鉄道C121・C122 →静岡鉄道17・18号機 →静岡鉄道C12形17・18号機

 戦後の買い出し列車で輸送力が不足し、栗原鉄道から譲り受けた同社のC121・C122(同社旧番号3・4)であった。栗原鉄道は戦時中細倉鉱山への輸送力増強目的で改軌・電化され、軽便鉄道時代の機関車は不要になっていた。両機関車は雨宮製作所製12トンのC形タンク式で、大正11年製造だが製番は不明である。静岡鉄道唯一のC形機関車で、12トンという大型だったため現場では持て余し気味だったという。形式は同機2両入線後に立山重工製が入線し、15・16号機となったにもかかわらず、そのまま栗原鉄道時代のC121・C122を踏襲していた。その後になってからC12形17・18号機と命名されたため、入線順序は古いにもかかわらず、最後の形式となってしまった。静岡鉄道ではあまり活躍できず、17号機は昭和26年8月に売却されたが、18号機は最後まで残り解体された。
(車両諸元)
シリンダー:229×305mm、使用圧力:11.2kg/cu
火格子面積:0.42u、伝熱面積:15.61cu
シリンダ引張力(0.8P):2,562kg、
車 体:最大長5,740×最大幅1,977×最大高さ2,896mm


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