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■■ 駿遠線全車両ガイド その弐 ■■
【 ディーゼル機関車:DL:FC/静岡鉄道 】
静岡鉄道駿遠線のディーゼル機関車の特長は、静岡鉄道になってから全て自社工場で製造または改造されたことで、廃線まで全部で10両在籍した。
有名な凸形DB9両(DB601〜609)は、廃車となった蒸気機関車の下回りを再利用して製造された。いかにも手造り然とした形態で、スタイルが1両ごとに異なっていた。独特の箱型の車体形状から「蒙古の戦車」という渾名を頂戴し、現場ではイノシシ機関車とも呼ばれた。その理由は、ディーゼル機関車ながら逆転機がなく、終点で向きを変えるのに転車台を必要としたからである。DB60形のうち1両は他社(赤穂鉄道)からの購入機であるが、入線後C形をB形に改造して使用された。
DB60形は全て蒸気機関車からの改造車で、ボイラー等の上回りを撤去し、台枠や動輪といった下回りだけを生かしてディーゼルエンジンを装備した。いわば蒸気機関(ボイラー)を、ディーゼル機関(エンジン)に載せ換えただけである。改造の種車となった蒸気機関車がマチマチだったため、全長も各車バラバラになっており、うち1両はC形で製造されたがB形に改造されている。またそのスタイルも1両1両全て異なり、全9両とも同一の外観のものが存在しない。しかも後年改造に改造を重ねたため、主要部品や車体を共有したり機関を換装したりして、原形を止めたものは皆無の状態になっていた。
新製時には元の蒸気機関車用台枠のホイールベースを1,500mmまたは1,650mmに拡げ、エンジンとクラッチは前部に変速機は後部に装備し、動力をチェーンで後輪に伝達した。運転席は前向き固定で、変速機は前進4段・バック1段のものを装備していたが、なんと逆転機は装備されていなかった。このため終点では必ず転車台に乗せる必要があり、蒸気機関車時代のものが最後まで活用された。これらDB形の外観はアマチュアの手造り然といったところから「蒙古の戦車」というアダ名を頂戴し、逆転機がなく一方向にしか走れないことから「イノシシ機関車」とも言われたのである。
一方箱型DD1両(DD501形)は、わが国では珍しい箱形車体の軽便鉄道用ディーゼル機関車だった。箱型車体は海外の狭軌鉄道ではよく見られるが、日本では一部森林鉄道に見られたのみである。このDD501形は大型の箱形車体のディーゼル機関車で、スマートな外観であり、軽便鉄道用機関車としては日本最大級であった。
その台車は元々電車用で、長沼工場の派生品を転用し、762ミリゲージに改軌して使用されたという。白い車体にエンジ色の帯が入り、朝夕長大な客車列車の先頭に立つ姿は実にみごとだった。登場時は朝の快速列車にも運用され、満員の乗客を乗せて軽々と走っていた。この機関車は3両製造予定だったが結局1両に終わり、それでも路線縮小後最後まで使用され、朝のラッシュ時には重宝された。生まれは遅すぎたが、最後まで活躍できたことは幸いだったかもしれない。
@DB601
昭和26年5月、自社大手工場製の改造第1号機。自重7トンのB凸形で、全長5,047mm、動輪径610mm。機関は金剛のDA60を装備し、出力110PS、回転数2,200rpm、牽引重量47tだった。その後昭和28年11月に改造認可を得、全長5,130mmに改造された。
ADB602
昭和27年5月、自社大手工場製の改造第2号機。同じく自重7トンのB凸形だが、全長は5,160mm、動輪径は610mm。機関は同じく金剛のDA60で、出力110PS、回転数2,200rpm、牽引重量47tだった。その後機関を装換し、ふそうのDB5Aを装備するようになった。
BDB603
昭和27年5月、自社袋井工場製の改造第3号機で、袋井工場としては初改造機。同じく自重7トンのB凸形だが、全長は5,155mmとわずかに違うが、動輪径は610mm。機関は同じく金剛のDA60で、出力110PS、回転数2,200rpm、牽引重量は47tだった。
CDB604
昭和27年7月、自社袋井工場製の改造第4号機で、DB603と同時期の改造機。同じく自重7トンのB凸形で、全長は5,520mmとわずかに大きいが、動輪径は610mm。機関はふそうのDB5Aを装備し、出力130PS、回転数2,000rpm、牽引重量55tだった。その後全長は5,320mmに改造された。
DDB605
←DC105
昭和27年9月、自社袋井工場製の改造第5号機で、種車がC形だったため当初DC105(10トンC形ディーゼル機関車)として出場した。自重10トンのC凸形で、全長は5,762mm、動輪径は610mm。機関は民生のKD4を装備し、出力125PS、回転数1,500rpm、牽引重量50tだった。その後昭和32年7月にB形に改造し、機関も金剛のDA60に換装。全長5,820mmの8トン機に生まれ変わり、形式もDB605に改番された。晩年には車体を実質的に振り替え、DB606となった。
EDB606 ←DC106
←赤穂鉄道D102
赤穂鉄道(旧国鉄赤穂線の開業により廃止)より購入した同社のDC102で、昭和25年の森製作所製。種車となったのは明治27年製のボールドウィン車製C形サドルタンク式蒸気機関車13号機で、その台枠と動輪を活用してC凸形ディーゼル機関車に仕上げた。静岡鉄道では昭和30年12月に大手工場でB形に改造し、機関もふそうDB5Aに換装、手動ブレーキだけだったものに空気制動機も取り付けた。全長は5,620mm、自重8トンになり、形式もDB606に改番された。この動輪径は赤穂時代610mm、DC106時代640mm、DB606時代660mmと異なっている。
FDB607
昭和28年3月、自社袋井工場製の改造第6号機。自重7トンに戻りB凸形で、全長は5,196mm、動輪径は610mm。機関はふそうのDB5Aで、出力130PS、回転数2,000rpm、牽引重量55tだった。その後機関を換装し、ふそうのDB5Lを装備し直した。
GDB608
昭和28年7月、自社袋井工場製の改造第7号機。自重7トンのB凸形で、全長は5,248mm、動輪径は610mm。機関はふそうのDB5Lを装備し、出力130PS、回転数2,000rpm、牽引重量55tだった。
HDB609
昭和29年9月、自社袋井工場製の最終改造機。自重8トンになったがB凸形の外観は変わらず、全長は5,377mm、動輪径は670mm。機関は民生のND4を装備し、出力125PS、回転数1,500rpm、牽引重量50tだった。これで所定両数を確保し、種車もつきたため、以後DB形の製造(改造)は行われなくなった。
IDD501
久々の自社製造機で、改造ではなく全て新製したDD箱形機関車。昭和40年8月、自社袋井工場製で、自重11トン、全長9,420mm、動輪径660mm。機関は出力188PS、回転数1,800rpmの、いすずDH100TPを装備していた。わが国では森林鉄道などの産業用車両を除き軽便鉄道で唯一、また私鉄車両としても珍しい箱形車体(電車形)の両運転台付きディーゼル機関車で、その台車も電車用を転用していた。牽引力は大きく、駿遠線が平坦線でもあったため、客車4〜5両に満員の乗客を軽々と引いていた。当初は3両製造の計画があったが、1号機の登場した時点ですでに堀野新田〜新三俣間は廃止されており、DD501だけが新藤枝〜堀野新田間で威力を発揮したが、3年後の昭和43年8月には大井川〜堀野新田間も廃止された。それでも最終の昭和45年7月の新藤枝〜大井川間全廃まで使用されたことは、不幸中の幸いだったかもしれない。