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■■ 駿遠線全車両ガイド その六 ■■

【 人 車:HC/藤相鉄道 】


 藤相鉄道では大井川を渡る架橋資金がなく、苦肉の策として既存の木橋(有料人道橋)を買収して使用した。この大井川の有料富士見橋による貨物連帯輸送は当初荷車で、大正4年5月8日認可、翌9日より営業開始した。その後橋上に軌道を敷設し、同年7月21日貨物輸送が許可され貨車のみ直通輸送が開始された。その後藤相鉄道では旅客輸送の申請を提出し、同年11月11日条件付きで許可され、専用の人車による旅客輸送を開始した。脆弱な木橋であったため動力車は重量的に危険であり、12人乗りの専用人力車両(人車)で旅客を輸送した。

 この時用意されたのが、6両の手押し用人車客車である。活躍した車両は最後まで6両であったが、その後の消息はわからない。静岡県内には人車軌道が数多く存在し(豆相人車軌道・島田軌道・中泉軌道・藤枝焼津間軌道等)、人車客車も比較的入手・転用しやすかったものと思われる。これらは製造所、製造年不明。木製台枠(オール木造)の2軸車で、長さ3,521×幅1,549×高さ2,083mm・自重1t・定員12名だった。普通の客車型車両で、屋根はシングル、窓は片側5枚で、車側ブレーキ(足踏み式)を備えていた。運行は大井川前後の勾配は車夫3〜4人で押し、橋上の平坦部分は1〜2人で押した。この人車鉄道は約8年半続いたが、県道の新橋(鉄道併用橋)落成とともに使命を終え廃止された。この時代車内灯はなく主に日中のみの運行ではあったが、日暮れの早い冬季など乗客はさぞ心細かっただろうと思われる。

 余談ではあるがこの仮橋の併用軌道による輸送は暫定許可が建前で、当初の認可は使用期限を半年限り(大正4年5月8日認可、同年11月7日まで)としていたが、会社は期限の3日前になってもう半年(翌年3月11日まで)の延長使用を申請した。これが認められたのを皮切りに延長使用の申請を繰り返し、ついに9年弱におよんだ。当初は1年間の延長申請を出すと、監督局は半年許可していたが、しまいには2年申請し1年許可を繰り返すようになった。このような苦労の連続でも富士見橋は洪水で流されてしまい、県当局に働きかけた結果県道富士見橋の永久橋架け替えの機をとらえ、建設費45万円のうち20万円を負担した。道路との併用軌道ではあったが、ようやく列車が直通できるようになり、人車軌道はその苦難の歴史に幕を下ろしたのだった。


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