■■ 静岡鉄道・駿遠線1959年3月(2) ■■
新横須賀駅〜地頭方駅22.5km
◆野中駅をすぎると、今までは田圃の中を走っていたのが、どういう風の吹き回しか山登りが始まる。1000分の16.7を登る。やがてそれも下りとなって、新大坂駅。そして新三俣駅に着いた。
◆ここは、給油所もある一寸した駅で、キハC13が居た。ここでは、ハ28を切り離した。とうとう列車はロコを入れて3両となった。

元、鞆鉄道の片ボギー/整った姿です
◆やがて発車した列車は、砂丘地帯へと入っていった。此処からは昔、軍が使っていた線路であって、戦後手を加え、また継ぎ足して新三俣〜地頭方駅間を結んだものだそうだ。なお、元軍用線は新三俣から遠州佐倉の一寸手前までだそうである。砂丘とは云っても松が生えている。もっと遠い方は、砂丘らしい砂丘がありそうだけれど、見えなかった。麦が植えてあり、畝の間に砕いた石が敷いてある畑があり、何にするのだろうと思う。
◆そして、やがて地頭方駅に着いた。忘れていたけれど、浜岡町駅ではキハD6の快速と交換し、ワフ3が私たちの列車に加わったが、この地頭方で切り離すのである。
浜岡町駅配線図

字が潰れてますが、上側のホームは貨物用

浜岡町駅で (左)袋井に向かうキハD6 (右)ワフ3を我々の列車に連結
◆私は地頭方駅で下車した。やがて僕の乗ってきた列車は出てゆき、僕は外へ出た。荷物を預け、それから一寸町外れまで歩いて、丘の上で袋井行きの来るのを待ってキハD14+ハニ1を撮影した。(地頭方駅の新藤枝寄りです)


キハD14です/引いてるのはハニ1
◆それから駅へ帰り、朝食を(10時!)食べ(パンと鯨缶詰)、折角だから、御前崎へ行こうとバスに乗った。バスは15分も遅れていた。バスの遅れた原因は、大井川の橋がいかれたので徒歩連絡をしているからだそうだ。そして、御前崎まで行き、バスを降り、ぬかるみ道を10分ほど歩き、灯台と海を見て、すぐ引き返した。 11時47分のバスで引き換えしたけれど、たいしたところじゃないと思った。

◆地頭方駅に戻って構内を撮影した。キハD5、ワフ3、ワ18、それに半鋼製のハ。これだけである。
地頭方駅配線図



キハD5/前後に荷台をつけた素敵なスタイル

キハD5の機関部

(左)ワフ3 (右)ワ18

(左)地頭方駅袋井方面を見る (右)ここの転車台は袋井のよりも粗末な感じ
◆そして、フィルムを入替えて、新藤枝行きのキハD5に乗り込む。やがて出発した。12時24分だった。