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■■ 静岡鉄道・駿遠線・新藤枝駅跡 ■■
(2001年12月10日)


2001年の12月10日、ふと思い立って静岡へ行ったのです
静岡鉄道に会いたくなって・・・・・・
 あの駿遠線の新藤枝駅は如何なっているのだろうと、気になったのです
・・・で、突然、旅立った(大袈裟な!)


◆ 静岡あたりでしたら東海道本線で行くのが筋なのでしょうが、やっぱり便利な新幹線利用と決めました。早朝6時前に家を出て、横浜線で新横浜駅。
 新幹線は、新横浜発6時54分の『こだま441号』に乗り、静岡駅に着いたのは8時一寸すぎでありました。すぐさま在来線のホームに行き8時15分発、島田行の125Mに乗りました。モハ113−297です。何てことも無く藤枝に着きました。駅に接して大きなマンションが出来かかっております。大家さんは静鉄関係の不動産会社。

 

◆ あの新藤枝駅跡はどうなっているのだろうと、期待して駅前に出てゆきました。駅を背にして右側。あ〜、何にも無い!

 

 左の写真がJR駅、そして駅前から真直ぐに伸びる道は、もっと狭かった記憶が少々。

 緑色のが建設中のマンション、その左側から、左のプロミスの広告のある茶色のビルのあたりまでが、新藤枝駅だったような気がする。
◆ ・・・・・ま、気を静めて、腹は減ってるしJR駅の1Fにあるロッテリアに入りました。

 ソーセージエッグセット(コーンポタージュつき)367円かなんかを取りまして、外の見える席で、美味しく頂きました。向こうに、静鉄バスのターミナルが見えている。上の写真で言えば、緑のマンションと茶色のビルの間の空間が、バスターミナル。
 ロッテリアの店長に駿遠線のことを聞いてみたのですが、話は聞いた事があるんだけど、なにしろ生まれた頃、廃止になったんで・・・と、云われれば、もっともな話。

 ああ、あそこから新藤枝駅に入っていけたんだなあ、などと感傷的になってしまった。
◆ 朝食も終えて、駿遠線の面影を求めて歩く。先ずは、バスターミナルへ入っていった。

 

 丁度、新藤枝駅の真ん中あたりに立ってみる。あ!この建物には見覚えがある(黄色の矢印)。で、そのアップ。たった一軒だけど、残っていて嬉しかったなあ。
◆ ・・・・・で、この写真の奥の方から向こうへ抜けて、ぶらぶら歩いて行ったのです。あ〜、全然、わかんないや〜。
 でも、こんな辺りかなあと、歩いてゆくと真正面に『スーパー銭湯・藤乃花湯』ってスゴイ名前の大型風呂屋があった。左がガソリンスタンド、右がJRの踏み切りだ。やがて見覚えのある、お寺が見えてきた。宗乗寺という。

 そう云えば、この道が、駿遠線の路線敷だったんだ、と確信した。そこで、お寺の中に掃除をしているご婦人が居たので、声をかけ伺ってみれば間違いなく、ここが駿遠線。
 さらに道に沿って歩いてゆくと『サンライフ藤枝』なる施設がある。前の家の方に伺ってみると、ここで築堤に登った軽便の線路がカーブしていたとの事。

 このフェンスのカーブはまぎれも無く鉄道の匂いがするのであった。
◆ ここから駅に引き返す。先のガソリンスタンドの主人に聞いてみると、1970年廃止だから、32年前の記憶は少ない。でも、軽便のことは憶えていたくれました。
 ガソリンスタンドの前の道から、JRの線路の間が小公園になっている。ここに、駿遠線の石碑が建っていた。

 
矢印が記念碑:軽便鉄道駿遠線蹟/右の変な建物がスーパー銭湯藤乃花湯です

◆ ・・・・・で、のんびり駅まで戻りました。下を見るとマンホールには、藤枝市の市章。藤の花なのでしょうか?

 

 静岡までの切符を買って、駅に入り静岡に向かいました。ホームの屋根の妻の部分に、30数年前の記憶があるような気が致しました。

◆ これから、静岡で、静岡清水線に乗り、長沼の車庫にも行ってこようと思うのです。


駿遠線蹟の碑については下記のページを御覧下さい
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