■■ "草津温泉・草軽駅跡の石碑" ■■
(2002年11月 3日)
2002年も11月に入って、いや〜、寒いのなんのって・・・・・
そんな時に、小雪ちらつく群馬県は草津温泉に行って来たんです
時は11月2日〜4日の2泊3日でした
◆ 群馬県は草津温泉で、家内の兄弟の飲み食い会がありまして、配偶者同伴なので総勢12名が集まりました。現地集合、現地解散。
◆ 11月2日に家内と二人、愛車PLEOに乗りまして東京発。関越道経由で渋川で降り、JR駅にて駅うどんと焼き饅頭でお昼ご飯。吾妻線沿いに長野原草津口から右折、山を登って草津温泉です。泊まったのは某社の保養施設でなかなか綺麗。
ここで二泊して、浅間山麓から軽井沢までのドライブ、飲み食いの大騒ぎ、お風呂に、カラオケで、おおいに盛り上がった。そんな訳で、鉄道の写真は全く無いのです。ごめんなさい。
◆ 3日の朝は晴れ、そして朝焼けの日の出でした。浅間の見えるところまで出かけて、パノラマ撮影したものです。↓↓

◆ でも、これだけでは、引き下がれない。昭和37年まで走っていた草軽電鉄の終着駅"草津温泉駅"跡に、石碑があるって聞きました。これを探そうってわけで、軽井沢ドライブから戻って、15時過ぎクルマで出かけました。雪が降ってきて寒いし、だいたい写真を撮るって環境じゃあありません。でも、行ったんだ。家内も付き合ってくれ、わりに簡単に発見。東急ホテル近所の大駐車場の向こうにありました。
下の地図左下の●印のところです。

(国土地理院2万5千分の1地形図:上野草津から)
◆ 駐車場の向こうに小さな公園がありました。そのなかに記念碑はありました。

角のフェンスが壊れており、其処から入ります。石碑の背後には、なにやら書いてあります。

◆ 下記が石碑の裏面の文です。
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【裏面】
草津温泉驛は_長野縣輕井澤町と_群馬縣
草津町を結ぶ草輕電氣鐵道_55粁241
米の_群馬縣側始発驛として_大正15年
9月18日に開業し_發展途上にある草津
温泉の表玄関として多数の_浴客や地域住
民の乗降を主体とし_硫黄薪炭等地元生産
物の發送と_各種建築資材食料など_生活
必需品の到着した懐しい驛でもあったが_
交通事情の変革により_昭和37年1月3
1日同電鐵の廃線のため_37年間の営業
を閉じた 昭和58年11月吉日
草輕交通社友會_草津町有志_建之
【注】アンダーバーはスペースです
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◆ で、表面のViewです。小さいけれど、なかなか貫禄のある碑でした。

碑の表面の文字は・・・・・・

そして、視線を下に移すと、二本のレールが顔を出してます。幅800ミリ以上に感じたけれど、まあ、2フィート6インチは間違いないのでしょう。

でも、レールの太さは、ナローじゃあない様に見えました。旅行に巻尺も必需品だね。

◆ 昔日の面影全く無し。感無量でありました。1958年12月現役時代の駅の写真を御覧下さい。

◆ 以上が草軽の草津温泉駅跡碑のリポートでした。
◆ まあ、これだけでは、なんですからオマケの写真を二枚。

青空の唐松と、温泉饅頭(もう、三個食べちゃった・・・・)