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 四日市の三重交通・1959年7月 

1959年7月11日、名古屋をC51117の引く各駅停車で出発、西に向かいます
前夜の夜行で名古屋に着いたらしく、名古屋駅での地下鉄100形の写真が有ります
大学4年の夏休みに入ったその日に旅に出たようです
この先2ヶ月もの休暇、もうワクワクなのですが、梅雨明けは未だで・・・・・・
雨の関西本線をのんびり走って汽車は四日市駅に着きました

当時、関西本線界隈には三重交通の軽便線がたくさんあり
桑名の北勢線、四日市の三重線、松阪の松坂線
・・・・・と、三つもあったのです
その中で、今回の訪問先は四日市の三重線を選びました


 この辺を通るのは1954年以来です。そのときの近鉄の四日市駅は国鉄の四日市駅に並んであったのです。大きくオメガ形のカーブで、国鉄駅に回りこんでおりました。
 1956年9月、今回の訪問の3年前に路線改良が行われ現在の場所を走るようになって、国鉄駅から1.1kmほど離れたところに近鉄四日市駅は移動したのです。ですが、今のように高架ではなく、地平にあったのです。
 その近鉄の四日市駅まで、どうやって行ったのでしょう。歩いたのか、バスだったのか、全然記憶なし。

 まあ、そんなわけで、近鉄と三重交通三重線の四日市駅に着きました。早速撮影です。驚いたことに、そのときの事、あたりの風景、ホームと行先の関係、全く覚えていません。雨が降ってたのだって、写真を加工してて、それを見て思い出したのです。記録・メモの必要性を痛感しました。
 実は、このページを作り始める時までは、この駅は諏訪駅だと思って居たのです。いろいろ雑誌とかで調べているうちに、どうも四日市駅の移動後に訪問したんだと言うことがわかりました。
 皆さん!撮影&旅のメモは必ずとりましょうね・・・・40〜50年も経てば間違いなく忘れますよ!保証します。(^_^)


  三重交通三重線は、現在、近鉄として残っている北勢線、内部線、八王子線、同様、軌間2フィート6インチ/762mmの電化線区です。駅に入りますと、向こうのほうに、永年会いたいと思っていた箱型のB型電気機関車デ51と可愛い電車の休んでいるのが見える。早速、許可を取って、 構内を駅の北側(名古屋より)に歩いて行きました。


右側に並んで近鉄名古屋線の線路が見えています
左背景の大屋根は今の地図では天理教教会、右端のタワーはよく判らない

 さて、電気機関車、デ51です。いいなあ!たまらないですね、このデザインは、あやうくゲテになる感じですが、良くまとまっております。台車も、やぐらに乗ったパンタグラフも、いいですね〜。昔はポールがついてた写真を見たような、見なかったような・・・。

 
 デ53の拡大写真はこちら

 荷物室合造のモニ211形の214です。実に好感の持てるスタイルです。

 
 モニ214の拡大写真(右側のみ)はこちら

 向こうのほうに貨車が何両か見えます。いちおう写したのですが、上手く撮れませんでした。左から2軸ボギーの長物車、2軸の長物車、そして、2軸の有蓋車です。ナンバーの記録はないのです。御免なさい。 左の事務室の後ろに湯ノ山へ向かう線路の架線が見えています。トラックの形も今見ると懐かしいですね。

・・・・・・居た車両をみんな写して、ホームに戻りました。


 三重線のホームに戻り、停まっていた車両たちを撮影します。凸形の電気機関車デ61形の引く八王子 線の列車です。 どうも状況がよく判らないのですが、私の考えでは、左が八王子だと思うんですが、列車にはお客さんが乗って発車待ちって感じだし、右が八王子方面かしら?1959年7月当時の、この駅の線路配置・運転状況をご存知の方、お教えくださると嬉しいです。
 書いているうちに。湯の山行きと、八王子方面行きと、逆方向に出ていたか、同一方向に出ていたか、自信が持てなくなって来ました。資料を見てもよく判らないのです。

 
(左)デ62+サ162+サ391/(右)トラス棒も懐かしい木造車サ391
 左の列車の拡大写真はこちら


デ61形デ62

 何枚かの写真をご覧下さい。時系列が、思い出せないので、どういう列車かわかりません。


モ261形261


サ165(形式はサ151?)


サ361形366、電動車はナンバー不明


そんな訳で、とうとう一駅も乗らないままに三重交通三重線の見学を終わり
四日市駅から、各駅停車の客車列車に乗り、次の目的地、関西地区に向かいました
あっというまに昨夜の夜行列車の寝不足を補うように眠り込んでしまい
目が覚めれば王寺駅
沿線の肝心なところを見なかったような気もしました
関西の電車に乗り
井笠鉄道、下津井電鉄、そして土佐の高知を回る旅のスタートでした


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