■ 井笠鉄道1959年 第二巻 ■
1959年7月13日(月曜日)、井笠鉄道笠岡駅の見学撮影を終え
笠岡駅から気動車列車で一つ目の鬮場駅で降りました
前回、ここで工場の中など、ろくに写さぬままに
引き上げてしまったのが、悔やまれてならなかったので、今日は必修科目・・・・・
笠岡駅から気動車で一つ目、『鬮場(くじば)駅』
で下車します。1957年訪問のとき、ここの車庫の中に、すでに動かなかった筈ですが、蒸気機関車が居た筈なのに、覗きもしないで帰ってきてしまった。、それが悔やまれてなりませんでした。雑誌などで、そんな情報を目にして、ゼッ
タイ会いに行くぞ!と、ノートに、コッペルのスケッチなんか、イタズラ書きなどしてたんですね・・・・当時のノートに、残っておりました。こんなのが・・・・・・。

・・・・で、鬮場(くじば)駅で下車して、駅の方にOKをとると、早速工場車庫へ。居ましたね〜、蒸気機関車が。何両居たか、綺麗サッパリ忘却。でも、複数の蒸気機関車が狭い屋根の下で、眠って居りました。コッペルのB型1号蒸気機関車が、いい位置に居りましたので。慎重に
撮影する。他の機関車は狭い庫内ゆえ、撮影できなかったようです。

車庫の前には、客車が2両いましたので、こっちも撮影。

(左)ホハ9・・・・デッキの手摺の形がいいですね
(右)ハ17・・・たぶん単端式ガソリンカーからの改造で車体の裾の絞りがよろしい
見学を終えて、次の井原行きの列車を待ちます。笠岡
方面から混合列車が入ってきました。湘南顔のスマートなホジ2が、客車と貨車(番号不明・・・・・たぶんホワ2)を引いています。おもえば、この頃は道路整備の問題もあり、混合列車が当たり前だったんですね。
鬮場(くじば)駅から四つ目の駅が、北川駅。そこまで乗って、沿線の
車窓風景、綺麗サッパリ憶えていないんですね。困ったものであります。
北川駅からは、東の方角に、五つの駅、6キロ弱の矢掛(やかげ)駅までの支線『矢掛線』が出ております。そんな、乗換駅で私は下車しました。
次の写真は、矢掛ゆきの列車。信号機の根元まで線路が伸び、転車台がありまして、その分、ホームがえぐれてると言う、凄い構造で吃驚(こんなことは、憶えてる)。

矢掛行きの二軸の気動車ジ14+木造客車ホハ12
拡大写真はこちら
で、上の写真は、向こう側のホームの標識の文字が『きたがわ』と読み取れ、北川駅だということは間違い
ありません。次の三枚の写真も、いろいろな状況を検証すると、間違いなく北川駅です。
◆ 左側のホワフ 7の写真。ルーペで見れば三角の山(観音山か?)の手前に右にのびる線路が見えてます。矢掛方面につながります。

(左)ホワフ 7/(右)ハ16(気動車からの改造ですね、これは)
◆ 下の写真は、北川駅の笠岡方面行きのホーム に停車中の矢掛行き列車。前の写真の2両に、貨車ホワ2が連結されたようです。

ジ14+ホハ12+ホワ2
多分、何かの理由で、上の列車に有蓋貨車ホワ2を増結したのでしょう
そんな状況の中で、私は、たぶん、この列車に乗って、終点の矢掛駅に向かったのです。例によって、途中は全く、憶えてません。
(^_^;)
そういう、いい加減な記憶ですが、この後、間違いなく矢掛駅まで行ったのです
その報告は、次頁の第三巻で・・・・・・・・・・