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 下津井電鉄1959年 

1959年7月13日(月曜日)
井笠鉄道の全線を乗車し、かなりの数の写真を撮った、む〜さんは・・・・・・・
神辺駅から福塩線に乗り、国鉄山陽本線は福山駅までやって来た


  福山駅に8620の引く福塩線の客車列車で到着しました。こんな写真も撮っています。福塩線の電車で、モハ11(たぶんモハ30の更新)と、社形のクハです。番号も形式も判りません。たしか、当時は府中までは電化されたはずです(塩町までだったかな?)。


客待ち中なのに何故かモハのパンタが降りてます

 山陽本線の列車で岡山。そして宇野線に乗り換える。写真は有りませんが、両方とも当然、客車列車。宇野線、岡山の次は大元駅で、岡山臨港鉄道の連絡駅。キハ3001がお出迎えです。

 そして、今まで何度も通過してきた、下津井電鉄連絡の茶屋町の駅に降り立ちました。何時ごろか、憶えておりませんが、井笠鉄道の矢掛駅がお昼だったから、そこから、井原〜神辺〜福山〜岡山と回ってきたので、たぶん午後も遅い時刻だったことでしょう。
 下津井電鉄のホームには、すでに下津井行きの電車が待っておりました。向こう側が、下津井で、Tc+T+Mcの三両編成。一番手前の電動車は『モハ65』です。手元の資料ではデッキ付きの電動車モハ50形は、50〜54の5両だったらしいし、その後、 新型の電車も作られているので、モハ50形のバージョンアップ車なのかも知れませんが、例によって、よく判らない。



大型画像と連結基部の拡大写真はこちら・・・・

 昭和24年に電化されたとき、カハ50形と言った気動車だったのを、電動車に改造したのだそうです。ですから、いかにもローカル気道車風のデッキが付いております。そのデッキと二 種類の連結装置で、非常に厳めしい顔をしております。でも、好きだなあ・・・・こう云うのは。
 塗装も忘れてしまいました。下半分が茶色で、上部がクリームだったかな????です。

 車内で補充件を買う。10円です。

 電車は出発し、記憶の無い風景の中を下津井に向かいます。途中の××駅で、茶屋町行きとすれ違う。クハ23、所謂バス窓の制御車で、先頭の電動車は、たぶん同系のモハ101だと思います。

 ・・・・・で、又もや列車交換があったのかもしれませんし、たまたま停車時間が長かったのかもしれない。電車から降りて、私の乗った列車を撮影しております。駅 は稗田駅・・・・KOさんにお教えいただきました・・・・です。
 先頭車は、クハ8で、これまた気動車からの改造車です。2両目は、サハ2・・・・栗原鉄道の1,067ミリ軌間への改軌の際、やってきた電車だったのだそうです。台車が良いですね。

 
 左の写真の拡大画像はこちら・・・・・・

 お次は、何処かの駅で見かけたワフ2と称するクルマ。自連だし、何となく新しく見えます。梯子、屋根上の手すり、たぶん架線の保守専用車なのでしょう。2軸の軸受け間をつないだステーが面白い。

 お次は、又もや交換シーン。駅名不明。いやホントにメモは必要です。40年も経てばカンペキに忘れます。みなさん、撮影メモはとりましょうね!

 ここは、何故か憶えてるんです。児島駅です。なにを撮ろうとしたのでしょうか?貨車の連結器でしょうか・・・・。


綺麗な貨車です/連結器がいいなあ!
妻板にくっ付いてる+型のものは手歯止めでしょうか・・・・

 児島から、山越えで、まったく記憶の無い鷲羽山を通り、無事に港町・下津井に着きました。ころは既に夕方で、ここから船で丸亀まで渡ろうと言うわけです。構内には電車、貨車が、たくさん休んでいた筈なのですが、如何したことか、四枚しか写してないのです。うち一枚は人物入りなので省略。たぶん、船の時刻が迫っていたのでしょう。


ホハフ2・・・・これも色彩不明
側面のホハフの表記の上、下津井電鉄の社標の右側には
廃車の文字を書いた板が取り付けられて・・・・・


手前がホハフ30、向こう側がホハフ32
さっき乗ってきた福塩線が昔々762ミリ軌間だった頃活躍していたらしい
窓の間隔を見ると
ひょっとして、4枚窓側は優等室だったかも知れません


すでに光線状態が悪いらしく大きくカメラブレ、精一杯のシャープネス処理
ホカフ2とホカフ3
ホカフ3は細い板を縦にならべ、車掌扉と貨物扉の間に小窓

 ここで、フィルムはお仕舞いになっています。じつは、この次のフィルムが行方不明。ひょっとすると何か写ってるかも知れないのですが、まあ、期待は出来ません。
 井笠鉄道のときは、かなり綿密に撮影してるのに、下津井電鉄は、通過の旅人のメモって感じ。全く、惜しい事をしました。


このあと、下津井港から船に乗って、夕暮れの瀬戸内海
幾つかの、船着場も無いような小島(はしけで乗船下船するシステム)を回り丸亀港まで行きました
丸亀に着けば既に夜で、国鉄の駅まで、暑い中、とぼとぼ歩く
高松まで国鉄で行きまして、琴電を何枚か写し、たぶん夜行の各停で高知へ向かった筈


私の50年来の鉄道友達、はーさんのホームページに
1965年(昭和40年)、1981年(昭和56年)の下津井電鉄の画像たっぷりの訪問記があります
下のアイコンクリックでご覧頂けます

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