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道後温泉駅の近くにある「坊っちゃんからくり時計」

敷地内にある山頭火の句碑「春風の鉢の子一つ

一草庵の玄関

山頭火の松山の住まいで、終焉の地となった一草庵の入り口

JR松山駅前にある子規の句碑「春や昔十五万石の城下哉」

館内にある子規像

松山市立子規記念博物館

正宗寺内にある右は子規の墓左は内藤鳴雪の髪塔。

子規の勉強部屋

子規堂の玄関

子規堂は松山市駅からすぐの処にある正宗寺の境内にあります

松山にある史跡子規堂の案内板

子規は批評家・俳人・歌人・ジャーナリスト、慶応3年9月17日に
生まれました。本名常規、幼名処之介、後に升(のぼる)、と名
乗ります。5才の時、病弱だった父の隠居で家督を継ぎますが、
その直後に父は死去。勝山小学校をへて、松山中学に入学しま
す。明治16年上京し、翌年に大学予備門に合格しました。その
ころ夏目漱石と出会い交友が深めます。5月、喀血。血を吐いて
鳴くホ
トトギスになぞらえて「子規」と号するようになります。

松山 子規庵